1-1 夏樹の日常

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1-1 夏樹の日常

 11月22日、金曜日。午前1時。  今日はいい夫婦の日だ。俺と黒崎はパートナー同士だから当てはまる。だからこそ、今日という日を穏やかなものにしたい。  特別なことはしなくて構わない。美味しいものを食べに行くとか、一緒に畑で作業するとか出来ればいい。そう思って楽しみしていたが、昨日から喧嘩をしている。俺の方がこだわり、黒崎からは謝られている。そんな状況だ。  今夜は黒崎が会食で帰宅が遅い。黒崎製菓の常務取締役、営業企画部長を務めており、来年の5月からは副社長となる。新体制への準備で忙しく、会食が多くなった。  朝ごはんを一緒に食べているし、遅くなる日は夜食に付き合っている。べたべたとくっついて過ごしているから、すれ違いようがない。ただし今夜は、先にベッドに入っている。  喧嘩の原因は、スーツから落ちたメッセージカードだ。豪快に脱ぎ散らかすから、ひらりと落ちた。さらに不味いことに、黒崎が焦った顔をした。何てことないものなら、平然としているはずだ。  そのカードには ”ありがとうございました”と、書かれていた。その後、名刺も出てきた。その裏側には、プライベートの連絡先が書かれていた。カードの贈り主の名前だった。それは別の場所から落ちて来た。カードは荷物から落ちたのに。つまりは隠したい訳がある。 「いつものことなのにさ……。既婚者だからこそ、魅力があるって思う人がいるし。名刺もカードも隠さなくなったのに……」  ぶつぶつ独り言をつぶやいた。ああまでして隠すのには、違和感がある。もしかすると、結婚前のデート相手だったのか?十分にあり得る。  黒崎が結婚したことが、瞬く間に仕事関係者へ広がった。それでも誘ってくる人は存在する。ほんの一夜の相手でもいいと。男女問わずだ。 「浮気されたことはないけど。愛されているし。束縛と独占欲でもさ……。あ、上がってきた」  すでに黒崎は帰って来ている。夜食を食べて、お風呂に入ってきたのか。隣が書斎になっているから、いつもなら直行する。  今夜はどうだろう?俺のことが気になり、こっちへ来るだろう。寝たふりをして、毛布を顔まで掛けた。窓の方を向いて背を向けた。顔を見せてやるものか。  トントンと足音が近づき、胸がドキッとした。きっと困った顔をしていると思う。今朝は口を聞かなかったし、いってらっしゃいと声を掛けただけだ。ラインも入れなかった。一日中、家に居たからだ。 「俺のことが心配でさ……。悪くないな……」  それにしても足音が近づいて来ない。まさか書斎に入ったのか?気になるが、見に行くのは癪に障る。このまま寝ておけば、仲直りしたくて抱き寄せられるかもしれない。いちゃつく序奏だ。その時は、嫌がりながらも相手をしてもいい。 「いいけど?それでも。72時間ぶりだし……」  胸がドキドキしてきた。すごく優しくて、たまに強引になる時がある。たまらないギャップだ。顔を見たくなってきた。  
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