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「ほら、先生。さっさと言えよ」 「……っ」 「素直に『門脇君が欲しい』って言わなきゃ、ご褒美あげないぞ」  鷹揚な門脇蓮の言葉に、家永晃一は、むすっと口を引き結んだ。 「……言わん」  ようやくの家永の返事に 「……これだから大人は嫌いだ」  門脇は呆れたように息を吐いた。 「門脇君も去年20歳(はたち)を迎えて、大人の仲間入りをしただろう。その言い方は狡くないか」  先月32歳の誕生日を迎えた家永は、いつまでも子供じみた門脇の発言を指摘した。 「俺は、大事なこと言えねえ大人になったつもりはねえな」  家永のツッコミに、負けじと門脇が言い返す。  だが、次の瞬間。  家永がわずかに身じろぎしたのを、門脇は見逃さなかった。 「……って、先生、今のは……」  門脇がニヤリと悪い笑顔を浮かべる。 「……生理現象だ。目の前でお預けされると、こうなる……誰でも起こりうる身体の自然な仕組みだ」  生理現象だ何だという割には、珍しく家永は恥ずかしそうにうだうだと説明をする。 「ふーん、体は正直……っていうことでいいか?」  家永の身体の変化を見抜いて門脇が意地悪く確認すると、 「……っ」  ぐぅっと、家永が言葉に詰まった。 「もう、我慢の限界だろ? さっさと言えよ。『俺が欲しい』って」  12歳も年下。しかも立場は、学生と教官。  こんないいように言われて、家永が従う訳がない。 「……」 「……」  しばらく睨み合っている。  沈黙が続いたが、やがて家永が観念した。  悔しそうに、ゆっくりと言葉が紡がれる。 「か、門脇君が……欲し……っ……!」 「だ、だーめぇぇぇ! それ以上は……! 踏みとどまってー!」  壁に耳をピッタリあてて中の会話をつぶさに聞いていた御前崎美羽は、たまらず家永研究室のドアを大きく開けて飛び込んだ。
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