自分なりの答えを③

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自分なりの答えを③

   一瞬にして血の気が引いた大知は、手からグラスが滑り落ちたことにも気付かなかった。  ただ、なりふり構わず会場を飛び出す大知に、綾子がコートを手渡してくれたのは憶えている。  しかし、飛び乗ったタクシーは年の瀬に賑わう街中で渋滞に遭い、深山に電話をかけても繋がらず。  車内のラジオでは依然として事故の経過が分からず、大知は空港へ着くまでの時間が途方も無いものに感じた。  夢だったら覚めて欲しくて、何かの間違いだと言い聞かせても、握りしめた手が小刻みに震えるのを止めることが出来なかった。  プロポーズの答えを即答できなかった自分が心底悔やまれ、これはきっと罰が当たったのだと思ってしまう。  馬鹿な迷いにばかり気に病んで、不安だなんて。結局、何も変われず自分のことばかり考えてしまったせいだ。  そんな俺を、深山は選んでくれたのに。  そんな深山へ、俺は何も返せていない。  どんなに苦心しても、いつも上手く伝えられない。伝わらない。  そして、このまま何も伝えられないまま、全て何も無くなってしまう? (そんなの絶対に嫌だ!)  大知は一時間程遅れてようやく空港へ着いたタクシーを降り、ロビーへ駆け込んだはいいが、人混みの凄まじさに焦燥は増すばかりだった。  これがただの雑踏なのか、事故によるものなのか判断が付かない。  思わず大声で深山の名を呼びそうになるのを何とか堪えて、必死にあたりを見回すが、人の波しか見えない。  覚束ない足取りでロビーを歩き、電光掲示板で発着を確認しようにも、一見しただけではどの便が深山の乗った便なのかも、事故がどの程度の物なのかも分からない。  それだけで己のパニックぶりの程が知れるが、こういう時に限って明晰を自負していたはずの頭はちっとも働かない。  もうどうしていいのか分からない。  そう、途方に暮れて、大知が立ち尽くしていると──── 「大知?」  背後から、自分が最も聞きたかった声が聞こえてきて、 「雪でかなり到着が遅れたんだけど、野崎さんから君が空港に来ているとメールを貰ったんだ」 「・・・」 「それで、わざわざ迎えに? 今日は君の好きな忘年会だったのに?」 「・・・っ」  人の気も知らず、からかうような言葉に、いつも大知だったらの悪態をついていただろうが、今はもう何も言えず、その場にへたり込みそうになる。  でも、力強く腕を取られた。 「酔っているようには見えないけど、」  腕を取って支え、苦笑しながら顔を覗き込んでくる深山に、大知はぷるぷるしていた。  ようやく分かった。  俺はまたしても騙されたんだ!  前は綾子だったが、今度は理沙。否、おそらく二人は共犯だ。 「あんにゃろーーー!!!」  突然喚いた大知に通りがかった人は何事かと振り向いたが、そんなこと知ったことか! それ以上に、 「全部、お前が悪い!!」  腕を振り回さんばかりに続けて喚く大知に、深山は眉尻を下げた。 「ごめん。今まで何も連絡を入れなくて」 「忙しかったなんて言い訳は通用しない! しかも、そのせいで皆が俺をからかって・・・っ」 「皆がからかう?」 「~~~っ」  深山が居ない間の、自分に対するあれやこれや。  きっと、ここ最近の大知の混迷は彼女達に筒抜けだったのだろう。  だが、いくら大知を焚きつけるために仕組んだとしても、こんな騙し討ちみたいなことまでやるか??  大知は口をわなわなと開閉して、最後は唸ることしか出来ない。  一方、深山は二週間近くも音信不通だったことに大知が腹を立てていると思ったのか、もう一度「遅くなってごめん」と謝った。  そして、大知の腕を掴んでいた手をゆっくりと離して、今度は大知の手を取り、握りしめる。  その確かな温もりに、大知は気持ちが落ち着いていくのを感じた。  そうして、ずっと帰ってくるのを待っていた彼へ、  当たり前の言葉を、けれど、言う相手が居なければ絶対に無意味な台詞を告げた。 「お帰り、深山!」  握り返してきた手の強さに深山は微笑み、 「ただいま、大知」  そのまま大知を引き寄せると抱きしめた。  
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