自分なりの答えを②

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自分なりの答えを②

   それから、どう答えを出せばいいのか分からないまま大知が悶々と過ごす中、まるで今まで大知が深山を思いやれなかったことへの意趣返しのように、彼から連絡は無かった。クリスマスイブも、クリスマスも、メッセージはなかった。  大知も、仕事に忙殺されながら、メッセージを送ることが出来なかった。  無視されたらどうしようと、怖くて。  メッセージが何も無いこと、自分も出来ないこと、それらは、仕事で危うくミスしてしまいそうになるくらい、大知を不安にさせ、悩ませた。  綾子も理沙も、そんな大知の様子に心配そうな顔をしていた。だが、大知は意地で表面上は何事も無いよう振る舞った。  大知は、何も連絡が来ないも事への憤りや、寂しさを通り越して、ただただ不安で、怖かった。  深山は不安ではないのだろうか? 焦ったりはしないのだろうか?  それでも、彼が大知を求めて、仕事を早く切り上げて戻って来る、などということは無かった。  深山はもう、大知の元へは戻って来たくないのかもしれない、なんて余計なことを考えてしまう。  あの夜、すぐに答えを出せなかった大知に、深山は失望しているから、何も連絡してこないのではないかと思ってしまう。  そうしてついに大晦日。  深山が帰ってくるのこの日は、大知の会社の忘年会だった。  本当ならとっくに終わっているはずの忘年会は、今年は他社員のスケジュールに合わせて、大晦日にずれ込んでしまったのだ。  去年の大晦日は、大知は呑気に他社の忘年会に顔を出した。深山に伴われて。  あの時、自分達の間に起きた些細な騒動を懐かしく思いながら、大知はぼんやりと酒を飲んでいた。深酒をしないように、気をつけながら。  深山は、出張の件を知らせたメールで、今日の午後22時に到着する便の飛行機で戻ってくる予定だとも記していた。  もうすぐ22時。彼が自宅へ着くのは、更に一時間程経った頃だろう。  帰って来た彼へ、きちんと伝えられるだろうか? 大知が出した、答えを。  そればかり気に掛かって、自然と時計ばかり見てしまう大知の元に、綾子が歩み寄って来た。 「今日、戻ってくるんでしょ?」  それが深山のことを指しているのは、言われなくても分かる。  大知は黙って頷いた。  綾子は、何も言わずに長期の出張に行ってしまった深山のことを、大知がまだ腹を立てているのかと思ったのだろう、苦笑している。  だが、笑いを収めると大知へ囁いた。 「ねぇ、もしかしてなんだけど・・・深山くんの誕生日に、プロポーズされたの?」 「!!」  どうして知っているのかと、目を丸くして綾子を凝視した大知に、自分の言ったことが当たったと分かった彼女は、小首を傾げた。 「それで、あなたはずっと迷ってたとか?」 「・・・」  更に図星を指され、大知が仏頂面になったのを見て綾子は破顔した。  しかし、笑い事じゃ無い。  かつてないほど悩んで、迷って、この有様だ。  すると、綾子は横を通りがかったボーイからシャンパングラス二つ受け取り、一つを大知へ手渡した。 「じゃ、乾杯しましょ!」 「?」  何に乾杯なのかと大知が訝しげにすれば、  彼女は、いつも大知へ見せている慈愛に満ちた、何もかも得心したかのような あたたかい微笑みを浮かべていた。 「あなたを悩ませたり迷ったりさせる人なんて、今までいなかったでしょ? 深山くん以外にあなたを困らせる人はいなかった」 「・・・!」 「あなたはいつも迷ったりせず、何でも一人で決めてきた。一人で全て決断して、面倒なことは無視して、受け流してきた。何か言われても聞く耳を持たずに笑い飛ばしたりして」 「・・・」  確かに、それが過去の大知のスタンスだった。  聞きたくないことは知らない振りをした。どうでもいいと無下に打ち捨てた。 「それって、他人より自分の事の方が大切だったからでしょう? なのに、今はプロポーズされて、すぐに断ることも出来ずにずっと迷ってた。それは、自分よりも深山くんが大切だから。自分よりも深山くんの事を優先して考えたから迷ってる。考え過ぎて仕事でミスしそうなくらいあなたは悩んでた」 「・・・」 「そういえば、あなたは前に仕事でミスったことがあったでしょ? その時も、深山くんのことを考えてたから、でしょ?」  大知を迷わせるのは、いつも深山だった。悩ませて困らせるのも彼だった。 「だから乾杯しましょ。あなたをそこまで迷わせる深山くんと、そんな彼と幸せになりたいから悩むあなたに」 「・・・俺は、大丈夫なんだろうか・・・」  かつての身勝手な自分はもういないはず。でも、まだ迷う。深山を愛しているからこそ。  ついに出てしまった弱音に、彼女はグラスを掲げた。 「大丈夫! きっと深山くんだって迷ったはず。でも、あなたとの未来が大切だから、迷ってもプロポーズしたんだと思う。それに、あなたが沢山悩んで答えを出したのなら、あなたは誰よりも深山くんに誠実よ」  だから、大丈夫!  と、もう一度力強く言う綾子に、後押しされるように促され、大知は手渡されていたグラスを共に掲げ‪────  乾杯、と、グラスは涼やかな音をたてるはずだった。  が、その時。  会場の向こうから、理沙が足早にやって来て、大知を呼んだ。 「幸村さん! 確か深山さんって、今夜22時到着の便でしたよね?!」  妙に硬い声音と共に、スマートフォンに映し出されたニュース画面を指差している。  それは、深山が帰りの便で乗ると言っていた飛行機事故を伝えるものだった。  
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