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自分なりの答えを④
混雑が酷いせいで、タクシーはしばらくつかまりそうになく、かといって、いつまでも人混みの中に居るのもどうかと二人はその場を離れ、上階のコーヒーラウンジにいた。
「なるほど、また君はからかわれてしまったってことなんだね」
深山は、大知が血相変えて空港にやって来た理由を聞き、苦笑しながら頷いた。
理沙が大知へ知らせた飛行機事故の件は、深山の乗った飛行機と到着時間が同じだけで、他国の別の便のことだった。
どうりで大々的なニュースにならないはずだ。
幸い大事故には至らなかったそうだが、悪天候も相まって、どこかの空港に緊急着陸したらしい。
大体、深山が飛行機に乗っているなら、搭乗中は電源を切っているだろうから電話が繋がらないのは当たり前で、なのに大知はネットで事故のことを検索することすら思いつかず、馬鹿の一つ覚えのように深山に電話を掛け続けたのだ。
そんな自分の迂闊さが、腹立たしいやら恥ずかしいやら。
でも、いつもならば、不測の事態くらい冷静に対処出来るはずで。
そうやって、ずっと一人で生きてきたのだから。
それなのに、いつもいつもいつもいつも、深山が絡むと簡単に崩されてしまう。
大知がガラス越しに下階の喧騒を見ながら黙り込んでしまっていると、深山は笑みを引っ込めた。
「でも、ありがとう。そんなに心配してくれたんだね」
「・・・するに決まっている」
そっぽを向き、ムスッと呟いた大知の横顔をしばらく深山は見つめていたが、静かに口を開いた。
「何度も君に連絡をしようと思ったよ。だけど、答えを急かしてしまいそうで出来なかった。それに、断られたとしても、君が僕と今の関係を続けてくれるか分からなくて・・・僕は自分で何もかも壊してしまったのではないかと・・・やっぱり言わなければ良かったんじゃないかって、後悔もした」
「・・・」
「それでも、一度言った事を引っ込めることは出来ないし、僕の気持ちはずっと変わらない。だから、答えを言って欲しい。それとも場所を変えた方がいい?」
戻って来たばかりだというのに、一体 何処へ行こうというのか。
それに、“今の関係が壊れるのでは” という懸念は、大知も等しく感じていたことで、悩ませられたことだった。
だとしても、まるで大知が今の関係を続けないことを前提として、諦めているかのような深山の言い方に、大知は眉根を寄せ、コーヒーカップを乱暴に置くと言い放った。
「俺は帰る!」
「え?」
「場所を変えるっていうなら、家に帰る! 他に何処へ行くって言うんだよ。だから帰る。“俺達の家” に!」
“俺達の” という言葉に深山は目を見開いた。
────ちゃんと深山に伝えなければ。
大知は席から立ち上がると、窓の向こうに見える ようやく並びだしたタクシーの列へ顔を向け、深山を促した。
*
*
帰り道は渋滞を免れ、それでも家に着いた時には既に31日を過ぎており、新年を迎えていた。
暖房を長時間入れていれていない家の中は冷え切っていて、それは、去年の元旦とは何もかも違う状況だった。
そして、深山がいない間、大知が一人で使っていた部屋は、以前深山が出張で居なかった時とは段違いに片付けられていた。
あの時は、散らかった惨状に呆れられたものだが、深山は、綺麗に片付いている部屋の中を見て、苦笑していた。
「もしかして、出て行くつもりだった?」
まだそんな皮肉を言うのだから、少々卑屈すぎやしないだろうかと大知は口をへの字に曲げた。
「俺にはここ以外に帰る場所はもう無いって言っただろ。それより、」
渡そうと思ってテーブルの上に置いていた紙を手に取ると、深山へ突きつけた。
コレなが何の紙かなんて、彼には瞭然だろう。
目を見開き、大知の手にある紙を凝視している深山に向かって、続けて話し始めた。
「先に言っておくが、俺は流されてこれを書いたわけじゃない。色々悩んだし、迷った。本当にお前のパートナーになるのが俺でいいのか分からなくて。俺みたいなヤツが、お前に相応しいとは思えなくてさ・・・」
「?、何を言ってるんだ大知、僕は、」
食い入るように見つめていた紙から、目を上げた深山は、うわごとのように呟いたが、
「いいから聞けって。お前が居ない間、お前のプロポーズにどう答えるべきか、ずっと考えた。簡単にオーケーして結婚しても、俺を選んだこと、お前はいつか後悔するんじゃないかって思って、悩んだ」
「・・・」
「だけど、迷うのはもう止めた! 気にしないことにした! 未来の事なんて結局分からないんだからな。なら、俺は俺のために、俺がお前と幸せになりたいから、俺の全てをお前に負わせてしまっても、それはお互い様ってことで、お前と支え合えるならいいんだって思うことにした」
「!」
目を瞠る深山へ、「だから受けとって欲しい」と、大知は己の事全てを記した『婚姻届』を差し出し、そして、しっかり深山を見て告げた。
「深山、俺はお前を心から愛している。お前に後悔されないように、精一杯努力するから・・・俺と結婚して、俺のパートナーになって欲しい」
「・・・!!」
「これで、お前が誕生日に欲しいと言ったものを、俺はちゃんと渡せたか? まさか、今更いらないなんて言わないよな?」
最後は、眉根を下げてちょっと自信なさそうな声になってしまったけれど、
「言うわけないよ、大知」
受け取り、互いの名が並ぶ『婚姻届』を見る深山は、ありがとう、と言っているのに、眉を寄せ、なんだか困ったような顔をしていた。
でも、もしかしたら泣きそうなのを堪えているのかもしれない。
俺だって、この二週間近くのことを思い返すと涙が出そうだ!
だって、やっと気持ちを伝えて、答えることが出来たから。
そしてホッとした。
受け入れられたことに。ちゃんと帰ってきてくれたことに。
まだ自分を変わらず求めていてくれたことに。
深山に手を掴まれ、抱き寄せられる。
そして、「僕も心から君を愛している」と、告げられ────
久しぶりに交わしたキスは何よりも心を満たしてくれた。
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