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承知しませんから
僕がこの大学で一緒に卒業したい、なんて言って、久紫さんの将来を狭めてしまうのは嫌だし、かと言って、他大学への編入試験を応援するよ、と言える余裕は今はまだない。
── 俺と離れるのが嫌なんだと思って、嬉しかったのに
そう言ってくれた久紫さんは、そのあと何も言わずにじっと僕を見つめている。
何か言わなきゃ、何か返さないと。
離れるのは嫌だよ、でも頑張って、って?
離れるのは嫌だよ、ずっと一緒にいて、って?
どっちも本心。
困ってしまって黙り込んでいると、
「困らせてごめん。俺が自分で決めることなのに、依杜を困らせるような質問してごめん」
久紫さんが謝る。
── 依杜、編入試験、すすめてるの?
って、僕に訊いたことに対して。
僕だって自分の気持ちをきちんと伝えればいいのに、分からないのと切なくなってしまったのとで胸がキュッと締め付けられる。
「…… U大以外は本当に一緒なの? U大じゃなくてもいい大学はいっぱいあるじゃない」
由汰加さんと同じU大じゃなければ、寂しいけれど素直に応援できるんじゃないかと思った。
久紫さんと一緒にいられないのはとても辛い、考えただけでとても苦しいけれど。
「それも含めて、そもそもの編入試験をどうするか、ちゃんと考えるよ」
「う、うん」
「依杜? 」
「うん、久紫さんを応援するからね、僕」
切ないくせに、寂しいくせにそんなことを言って、もの分かりがいい振りをした。
久紫さんの一番の理解者は僕なんだって、あんなノーテンキな由汰加さんなんかに久紫さんのことを気にして欲しくないって思って…… あ、ノーテンキとか言っちゃった、僕より断然頭がいいのに。
「心強いな」
応援するからって言った僕に、久紫さんが優しく笑ってくれる。
いつ、決めるのかな?
夏休みの頃に出願受付の大学が多いみたいだから、一年生のうちには決めるかな?
あ、U大じゃなくてもいい大学はあるじゃないって、関西とかに行ったらどうしよう。
いろんなことが不安になって、やっぱり離れたくない自分の気持ちが分かってしまう。
少し前を歩く久紫さんのブルゾンの裾を、ギュッと掴んだ。
突っかかったみたいになった久紫さんが、「え? 」って振り返る。
「他の大学に行っても、僕とずっと一緒だよね」
涙を浮かべて言ってしまう。
そんなの、“ 行かないで ” って言ってるのと一緒じゃん、って自分にツッコんで、こぼれそうな涙を必死にこらえた。
「…… まだ、編入試験受けるって決めてないし」
「…… そうだった、ごめんね」
「何があっても、依杜とずっと一緒だよ」
スッと腕が伸びて僕を抱きしめてくれる。
大学の構内、誰かに見られちゃうよ…… でも嬉しかった。
「久紫さぁ、まじでU大受けないの? 」
また出た、ノーテンキさん。
「だから、あんたには関係ないし、答える気にもならない」
「え〜、あんたって、おまえって言われるより遠くなった感じ、やだなぁ」
口先を尖られせてそんなことを言う。
本当になんなんだろう、この人。
「だってさ、俺のせいで久紫もこの大学に来たわけじゃん、俺なりに心苦しかったりするんだよ」
ふぅん、なるほどって、ちょっと思っちゃったじゃない。
「やっぱり、まだ話したりしてるの? 」
久紫さんの耳元で小さく訊いた。かなり拗ねた感じで。
「話して…… 」
「話してないよ、安心してよ依杜くん。依杜くんが一緒の時だけだから久紫に声をかけてるの」
聞こえちゃってたじゃん。
拗ねた感じの声が顔にも現れて、由汰加さんを睨んだ。
「おっ!こわい顔してるけど、全然こわくないよ、可愛いくらいだ。な、久紫」
ふぅーーーっと大きくため息を吐き、額に手を当て首を横に振っている久紫さん。
「この大学に来たのは別にあんたと関係ない、俺が決めたことだ。自惚れんのも大概にしろ」
「そんなこと言ってー、俺がこの大学に来てなかったら、久紫がここにくるはずないじゃん」
それもそうだろうなって思って、段々と顔が下を向く。
「別にあんたを恨んだりしてないし、この大学に来て不満なわけじゃない」
いつものように無表情な顔で話していたけれど、久紫さんの言葉が僕はとても嬉しかった。
「公認会計士になって、親父さんの事務所、『結木会計事務所』を継ぐんだろう? 親父さんは有名国立大卒なのに、いいのかよ」
「なっ、なんで、そんなにしつこいんですか? 」
「へ? 」
思わず僕が言ってしまった。
だって、すごいしつこいし、久紫さんの顔がとってもこわい。嫌で仕方ない顔をしているもの。
「あれ? 依杜くん、言うね」
「いっ、言いますよ。久紫さんは嫌なんですよ、貴方と会うのも話すのも」
目を真ん丸くして僕を見る由汰加さん。久紫さんも少し驚いたような顔をして僕を見ているのが分かる。
「へっ、編入試験だって、受けるかどうかを決めるのは久紫さんで、あっ、貴方にどうこう言われたからって、そっそれが影響するわけじゃないですからねっ!」
ヒートアップしてきてしまって、最後の方は少しきつい言い方になってしまった。
心臓がバクバクする。
こんな言い方、誰かにしたことない。
息も荒くなってきてしまう、早くこの場を去ろう、こんな僕、ちょっと恥ずかしいもの。
「いっ、いいですかっ!こっ、今度久紫さんに近づいたら、ぼっ僕が承知しませんからねっ!」
承知しないからどうなんだと、ツッコまれても答えられない、早くどこかへ消えてしまおう。
久紫さんの腕を掴んで早足で、少し小走りになって由汰加さんのそばを離れた。
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