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 良秀(よしひで)はファストフード店の前に立つと小さなため息をついた。  柔らかな陽ざしが降り注ぐ日曜の昼下がりだった。冬から春へと季節がうつろう中、街ゆく人はみな今日の天気と同じように陽気で楽しげだ。 (どうしてこうなってしまうんだろう)  1時間ほど前、いきなり辰郎(たつろう)に呼び出されてここまでやってきた。何の用だか知らないがさっさと終わらせて家に帰ろう。こっちにだって予定くらいあるのだ。  良秀は自動ドアをくぐった。店内は賑やかを通り越して、ほとんど騒乱といった有様だった。若者が中心だが、家族連れから高齢者のグループまで客層は様々だ。騒々しいのは年齢や立場に関係ないらしい。  左右を見回すと奥の席で手を振る辰郎の姿が見えた。良秀は軽く手を上げると、通路にまで広がっている学生の間をすり抜け、辰郎の前に腰を下ろした。 「良秀、おせえよ」辰郎は笑いながら言った。  急に呼び出されてから1時間で来たのに。そう思ったが口にはしなかった。 「ごめん。うちは遠いから」 「まあいいけどよ」そして辰郎は蓋のついた紙コップを良秀に差し出した。「コーヒー、お前のも買っておいた」 「ありがとう」 「130円な」 「あ、うん」  良秀はリュックから財布を出した。 「ばっか、冗談だよ」辰郎が笑った。  良秀は黙って財布を戻した。こんなものいらないから早く家に帰りたい。今日はバイトも休みだし、気になっていたドラマを一気見する予定だった。そのための酎ハイとつまみも用意してある。それなのに辰郎はいつだってお構いなしだ。こういうところは昔から何も変わらない。そしてそれに振り回される自分もまた、いつまで経っても変わることがない。 「急に呼び出して悪かったな。なんか予定あったか?」  辰郎は悪びれる様子もなく言った。  そういうのは最初に聞いてほしい。しかし良秀は今度も口には出さず「まあね」とだけ答えた。 「あっそ。けどお前の予定なんてどうせテレビとかスケベ動画を見ることくらいだろ?」  辰郎は一人で大笑いした。良秀は何も答えず差し出されたコーヒーに口をつけた。紙コップの中は完全に冷たくなっている。 「それで何の用?」 「それなんだけどよ」辰郎はテーブルに肘をつき上体を近づけた。「また小遣い稼ぎをしようと思ってな」 「小遣い稼ぎ……」 「そう。ただ今回は小さい仕事だ。ちょっとした遊び代って感じ」 「はあ」良秀は返事ともため息ともつかない声を出した。  どうせそんなことだろうと思った。呼び出された瞬間から予想はしていた。辰郎が自分を呼び出す理由なんてこんなものだ。昔から分かっているはずなのにどうしても断ることができない。 「な、やろうぜ」辰郎が言った。 「小遣い稼ぎってなに?」 「とある部屋にお邪魔する。簡単だろ」 「友達の家?」 「バカじゃねえの。知らない人間の家に決まってるだろ。そこからお小遣いを頂戴する」 「頂戴する? 空き巣に入るってこと?」 「そういうダサい言い方するなよ」 「ダサいとかそういう問題じゃ……」 「とにかくそういうことだから」  二人で空き巣に入ることはもう決まっているのだと言わんばかりだった。 「ちょっと待ってよ、そんなことできるわけないじゃんか」 「大丈夫だって。いつもと変わんねえよ」辰郎はケロリと言った。「前回だってうまくいったろ?」  良秀は眉をひそめた。  うまくいった? あの時、こっちがどれだけ怖い思いをしたと思っているんだ。おまけに取り分は一人三十万だと豪語していたのに、結果は一円たりとも手に入らなかった。後日、お詫びだと言って辰郎からビールを一杯おごってもらった。本当に一杯だけ。 「あれのどこがうまくいったんだよ。とにかく嫌だよ、空き巣なんて」 「まあそう言うなって。この前はほら、お互い無事だったわけだし、それで結果オーライ」 「そんな簡単に言わないでよ」 「いい経験したろ? だけど今回は大丈夫。リスクなし。まあ、儲けは少ないけどな」 「一人でやればいいじゃないか」 「分かってるだろう。俺はお前がいないとだめなんだよ」辰郎は陽気に言った。「それで明日なんだけど、場所は――」 「明日!?」  辰郎がじろりと睨んだ。「何だよいちいち」  「だって、いきなり明日って」 「明後日のほうがいいのかよ」 「いや、そういうわけじゃ」 「じゃあ明日でいいだろうが」  良秀は黙った。それに満足したように辰郎は待ち合わせの場所と時間を告げた。
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