act.8

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悪夢にうなされるかと思っていたのに、綾はその晩柾冬の腕の中で夢もみずに朝まで熟睡した。 柾冬は綾が眠りにつくまで優しいキスをたくさんしてくれた。 それ以上のことは一切せずに、ただ綾を安心させようと気遣ってくれた。 本当は手首の痣に気づいているのに、触れずにいてくれる。 目を覚ますと隣に柾冬の姿はなく、綾は寂しくて慌ててベッドを出た。 そうっとキッチンを覗くと柾冬は綾のために朝食を用意してくれていた。 ワイシャツの袖をまくり、コンロの前に立つ柾冬はただ立っているだけで絵になる。 手際良く卵を割り、かき混ぜ、フライパンをあおる様子を綾はうっとりと見つめた。 そして柾冬がコンロの火を止め、出来上がったオムレツを皿に乗せた瞬間、綾が呟いた。 「……美味そう」 柾冬は綾に気がつくと優しく微笑んだ。 「なにそんな所で可愛く覗き見してるんだ?」 綾は柾冬のこの笑顔に弱くて、その表情(かお)で見つめられるといつも泣きそうになる。 「おいで」 両手を広げて笑う柾冬に綾は走り寄った。 「おはよう。よく眠れたか?」 腕の中に抱いた綾の耳元に、囁きとともにキスして柾冬がきくと、綾は小さく頷いた。 「おはよ」 朝の挨拶はなんだかいつも照れ臭い。 週末の夜にだけふらりと訪れて、朝がくる前にこの腕の中から抜け出していた頃がひどく懐かしく思えた。 「ちょうどいま起こしに行こうと思ってたんだ。冷めないうちに食べよう」 テーブルにはオムレツの他に温野菜サラダとコンソメスープ、カリカリに焼いたクロワッサンが並んでいた。 「何これ、ふわっふわ……」 スプーンを入れた途端とろりと崩れたオムレツに綾は感動した。 「すっごく美味い」 「ありがとう。君はすごく美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるよ」 リビングの窓から差し込む朝陽の中で優しく微笑む柾冬を見て、綾は無意識に呟いていた。 「俺、あんたがすごく好き」
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