4人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
28、前世編おまけー和歌と透夜ー
「陽葵和歌さん」
背後から声を掛けられ、振り返る。
身嗜みの整った綺麗な女性。
確か、調理担当の女中だったと、和歌は記憶していた。
「いきなり声を掛けて御免なさいね」
「いえ、何か?」
「随分と、透夜に気に入られている様ね」
「そう、ですね。仲良くさせて貰ってます」
「夜も、かしら?透夜が、色欲を満たす相手を一人に絞るなんて、随分と相性が良かったのね、貴女達」
「下衆な事を伺ってくるんですね」
「あら、何にも卑下する事じゃないわ。人間に備わっている性だもの」
「そうだとしても、人の事情に易々踏み込むのはどうなのでしょうか」
「ふふ、そう睨まないで。ちょっと悔しいから、意地悪したくなっちゃっただけなの。全くもって、貴女の言う通りだわ、御免なさいね。最近、透夜に声を掛けても、ぞんざいにされるだけだから、少し妬いちゃったのよ。ま、今日も振られる覚悟で、声は掛けてみるけど、それじゃぁね、可愛い忍さん」
女中は、綺麗な笑みを残し、踵を返して行った。
*****
透夜が自分を求めるのは、先程の女中が言っていた通り、性の対象として偶然相性が良く、気に入られただけに過ぎない。
それは誰に言われずとも、和歌自身も十分理解している。
だけど改めて突きつけられると、気分が物凄く沈む。
和歌はブンブンと首を振り、余計な思考を追い払う。
ーーーー自分は忍だ、真子姫様の護衛。透夜さんに抱かれるのも仕事の一環で、けして現を抜かしているからじゃない!!
日々頑張っている男性が、草臥れず元気で居られる様、褒美として身を捧げるのも、女の忍としての立派な務め。
と、忍びの里に居る頃、近所のお姉さんがワクワク笑顔で話してくれていた。
ーーーーいわば、透夜さんが日々健康元気に真子姫様の身辺を守っていられる様に、私は透夜さんの心身の労いをさせて貰っているのだけで、私欲で抱かれている訳じゃない、これは仕事、うん!!
「和歌」
「は、はい!!」
意中の男性が急に目の前に降り立ち、思わず上擦った声で返事をしてしまう和歌。
「悪い、驚かせたか?」
「ちょっと考え事をしてました。忍びとして情けないですね、常に緊張してないといけないのに」
「気にするな。たまに気を休めるのもいいさ」
透夜の手が延び、なでなで、頭を撫でられる。
心地良い気分になり、へにゃりと力ない笑顔が和歌から落ちた。
「・・・和歌、今夜、相手願えないか?」
何度誘い言葉を貰っても、一向に慣れず、やはり照れてしまう。
お誘い、お受けしたいけれど・・・。
「その、今日は、御免なさい、月のものが来ていて」
「そうか、別に謝る必要はない。体、冷やさない様にな」
強弱ないぶっきら棒な言い様だけど、思い遣りのある言葉。
去ろうとする透夜の右手を、和歌は両手で掴む。
さっきの女中の言葉が、ふと頭を過ぎる。
ーーーー今夜は、あの女の人を抱くの?
「和歌?どうした?気分でも悪いのか?」
「・・・・っなら」
「和歌?」
「口、でなら」
物凄く小さな囁き声になってしまったが、自分はなんてはしたない事を言ったのだろうと、穴があったら今すぐに飛び込みたい心境になる。
和歌は泣きそうな顔で、耳まで真っ赤に染まる。
「ご、ごめんなさい、やっぱり無しですっ聞かなかった事にして下さい」
透夜を握っていた手を離し、言い逃げしようとしたが、背後から透夜の片腕が胸下に回され捕まる。
「逃げるな」
「・・・今は、逃して欲しいです」
「和歌の親切を無駄にするのもなんだし、今夜は和歌の小さな口で、奉仕して貰うのもいいね」
耳元でそう囁かれ、和歌は腰が抜けそうになる。
自分で提案しておきながら、了承されると、初心者の自分には時期尚早な熟練技な気がして、怖気付いてしまう。
でも、これも仕事仕事仕事!と怯える体に言い聞かす。
「冗談だ、無理しなくていい」
「だ、大丈夫です、で、出来ます!」
「なら、今夜は沢山の口付けを、和歌にさせて貰おうかな」
「え?」
「嫌か?」
首を振る。
嫌いな訳ない、むしろ・・・透夜との口付けは毎度、頭がふんわりボヤけて上下左右前後が分からなくなる程、気持ち良くさせられる。
「じゃ、また今夜、いつもの隠し部屋で」
和歌に絡めていた腕を離し、触れるだけの口付けをすると、透夜は廊下を闊歩していく。
全身が煮立ち、和歌は暫くその場から動けずにいた。
.
最初のコメントを投稿しよう!