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「ごめん! 花梨ちゃん。ほら、私なら大丈夫だから! ね?」
不安で濡れる瞳に手を合わせる。
「ごめん! この通り!」
「結城さんに危害を加えるつもりは無かったが、悪ふざけが過ぎた。すまない」
冗談が通用しない空気に西園寺氏は説明を求めるのを後回しにし、並んで頭を下げた。
「西園寺さんは悪くーー」
手をさっと翳される。
「朝日奈さんの顔を見ればジョークで済ませられないのは分かるから。今日はこれで上がりましょう」
花梨ちゃんは私の手首をギュッと握り、離さない。たぶん例の記憶の扉が開きかかっているのだ。西園寺氏はそんな花梨ちゃんを気遣い、プールを上がろうとする。
「これではご依頼を全うした事になりませんので」
「依頼料の返金云々のお話ならば、して頂かなくて結構です。具合の悪い彼女をこのままにしておけないでしょ」
正論だ。西園寺氏はレッスンを切り上げるのに微塵も躊躇しない。
「ご、ごめんなさい、私、せっかくの機会を台無しに……ごめんなさい、身体が強張って」
「朝日奈さんも無理をしないで上がって下さい。結城さん、介助をお願いします」
花梨ちゃんが指示を仰ぐ目配せをしてきたので頷く。
「お言葉に甘えましょうか」
私の声を受け、西園寺氏は秘書へ何やら手配を促す。ほどなくして飲み物が運ばれてきた。
「プールサイドで申し訳ないがティータイムにしませんか?」
言いつつ、見るからにフカフカなタオルを差し出す。
「いえ、私達は失礼します。これ以上ご迷惑をお掛けする訳にはいかないので。改めてお詫びさせて頂きます」
「そこはどうか僕に挽回するチャンスを与えると思って、一緒に飲んで下さい」
「いや、でも」
「いいから」
花梨ちゃんと私を順にタオルで包み、濡れた身体だけじゃなく、依頼を完遂出来ないバツの悪さも拭う。
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