第52話

1/1
45人が本棚に入れています
本棚に追加
/81ページ

第52話

「あれ?」 「どうかしたのか?」 「えっと、ハンカチが」 「ハンカチ?」 「白地に金のラインで縁取られた」  どうしよう、あれは。借りたもので返さなくちゃいけないものなのに。  個室へと戻ってきて荷物を整理しているとあの男の人に渡されたハンカチがないことに気がついた。  室内すべてを探してみたけれど見つからない。 「君は船内にいた。ハンカチも飛行船内にあるはずだ」  彼の大きな掌が柔らかく髪を撫でる。 「ふたりで探せばすぐ見つかる」  一通り立ち寄った場所や落とし物が届いていないか全員に聞いてみたが、見当たらない。  こんな大きな飛行船では見つけ出すことは難しいのかもしれない。 「⋯⋯エドワード様、もう、大丈夫です」 「なにが大丈夫なんだ?」 「これだけ探してもみつからなかったのなら仕方ありません。諦めます」 「君の大切な物ならば時間が許す限り探そう。それでも遅くないだろう」 「⋯⋯ありがとうございます」  でも、これだけ探してもないならどこにあるんだろう。  ずっとドレスのポケットに入れていたから無くすはずはないんだけどなぁ。  逡巡して浮かんだのは  ──わっ、ごめんね!  ──こちらこそ。  あの少年だった。 「エドワード様、二手に別れて探しませんか? その方が効率がいいですし」 「まあそれはそうだが⋯⋯」 「でしたら1時間後にまたここで!」  エドワード様がなにかを口にする前に言い置いて踵を返した。  先に見つけないとどうなるかわからない。  あの少年はどこかしら。  娯楽施設やレストラン、船内プール、医務室にもいない。  もう。どこにいるのかしら。  甲板に出て歩いといるとベンチに見覚えのある少年が座っていた。  あー! いた!!! 「ねえ、君。私、ハンカチを落としたんだけれど拾ってくれてないかな? 白地に金のラインが入った」  出来るだけ穏やかに訊ねる。  どこの貴族の子息かわからない。  ことを荒立ててエドワード様に迷惑はかけたくなかった。 「⋯⋯ハンカチ?」  金色の睫毛に縁取られた緑色の愛らしい瞳がぱちくりと反芻した。  それ、それよ。あなたのポケットから見えてるハンカチ。  涙を拭った時についた化粧品の染みがついてるそれよ。  私、ナイスアシストでしょ?  ほら、あとは私に渡せば大丈夫だから。 「ベラ? 君はなにをして⋯⋯」  背中にかかった声に振り返れば「エ、エドワード様!? えっとこれはそのですね」エドワード様の視線が少年の腰あたりに向いていた。 「⋯⋯白地に金のライン。あれはもしかして君のハンカチか?」  エドワード様!!!!  少年が慌てたようにハンカチをポケットに押し込んだ。  やめて、隠さないで。 「⋯⋯この少年がハンカチを盗んだのか?」  エドワード様!!!!!!!! 「ち、ちがうんです。彼は拾ってくれて」 「こ、これは俺の船だからどうしようと俺の勝手だ」  ああ。  お願いだからこれ以上話をややこしくしないで。 「私は代価を払ってこの船に乗っている。君のその言葉は私たちを邪険に扱っていい理由にはならない」 「パパに頼めば」 「良い度胸だな」  少年の首根っこを掴み上げるエドワード様に心臓がひやりとはねる。 「お、俺は偉いんだぞ。離せ」 「お前が偉いかどうかは今関係ない。盗んだものを返して彼女に謝罪をしろ」  ああ、そうだった。  この人、筋の通らないことが大嫌いな人だった。  あああぁ。私の苦労が。 「エ、エドワード様? 私はべつに」 「駄目だ。貴族の端くれならそれ相応の姿勢を見せろ。それから女性に対する姿勢を改めろ。でなければ誰もついてくることはない」 「返してくれたら私はそれでじゅうぶん」ですからそこまでしなくても。と続くはずだった言葉は「うっさいブスは黙れ」少年の言葉によって消えた。 「今、なんていったかしら?」 「……あ? なんだ耳も聞こえねぇのかよ」 「そうなの。お姉さん耳が遠くて聞こえなかったわぁ」  にっこりと詰め寄って「エドワード様、ちゃんと掴んでいてくださいね?」「……あ、ああ」気圧されように答えたエドワード様に掴まれた少年のこめかみを拳で挟んでごりごりと擦っていく。 「うわあああぁいてててて離せ離せ離せ」 「ん? なに? 聞こえないわぁ。お姉さん耳が遠くて」 「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいお姉さんは綺麗ですだから離してくださいいいぃぃ」  離してあげると「……わああああ」と泣き声があがった。 「そこまで泣かなくても」 「いや、怖かったぞ」 「エドワード様まで。これくらい普通ですよ」  大人気なかったかと咳払いをして、 「あのね、あれは大切なものなの。だから返してくれる?」  ベンチの前にしゃがみ込むと少年の顔を覗き込んだ。 「あれは私のじゃなくて、人から借りたものなの。お願い」  ごめんなさい。と涙で濡れた瞳を擦った彼から受け取ったハンカチで少年の目元を拭っていく。 「そのハンカチはどうしたんだ?」と背中にエドワード様の声がかかる。 「ああ、これは、⋯⋯その、困っていた時に助けていただいたものです」  ふぅんともらしたエドワード様から逃れるように「ねえ、アイスクリームでも食べましょうか」と少年に提案をした。 「……アイスクリーム?」 「これもなにかの縁だもの。せっかくだからお話しましょう」
/81ページ

最初のコメントを投稿しよう!