第一章 狐の唄

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 佇む三本の木々は細い枝を高い位置からちょこちょこ出し、葉は小さそうだった。幹は薄い褐色で白っぽくも見え、遠くから眺めるとお雪は何となく人の姿を思い浮かべた。  お雪には兄弟も姉妹もいないが自分なりに空想し、木々を男子の三兄弟に例えて勝手に「ヒノキの三兄弟」と名付け心の中でそう呼んでいた。それらは檜の仲間らしかった。  お雪はいつか、他愛もない事でちょっとした疑問を母に投げかけていた。 「あれは、松の木なのですか?」とお雪は母に尋ねたのであった。 「いや、あれは檜の仲間らしい。聞いた話では」と母は答えた。 「松の木とヒノキは、一体何が違うのですか」 「ははは!私もよく知らないよ……何がどう違うのだろうね」  後に母でない者がお雪に教えてくれた事には、傍でよく見れば実は松と檜は葉の形状が明らかに違うとの事だった。山の麓から僅かに広がる森の木々は多くが松の仲間らしい。  夕暮れ近くになると三本の木々は、沈む赤黒い日を背にして本当に人影であるようにもお雪には見えた。それらの姿は寂しげながら威圧的にも見え、少し怖く思える事もあった。  集落の誰かが「檜の三兄弟」の地点を稀に行き来している事をお雪は知っていた。妙に思えたが、お雪は母の言い付けを守って自らはそこに近寄らぬようにしていた。  しかしある晩秋の日に、図らずも彼女は母の言い付けを破ってしまった。  その日は曇っていたが、お雪は外に行きたくなって母にお伺いを立て、了解を得た。 「遠くには行かないようにね。それと雪が結構残っているだろうから、足元に気をつけて」  母に勧められ、お雪は雪草鞋を履いた。この雪草鞋を履くと足の裏に水が染みない。  数日前に降った雪が荒野の丘の斜面には幾らか残っていた。それらは凍っていた。  野からは緑色は既にほぼ失われていた。白色にも見えてきた野の草の丈は、お雪の小さな足の踝の高さ程もなかった。それらの破片が時々微風に舞い、僅かな土の香りをお雪は鼻に感じた。風は弱く辺りは静かで、音といえば彼女の足音と呼吸の音くらいだった。
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