7.海:推しと夢

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7.海:推しと夢

ジムを介して蓮との間に、毎月”スポンサー契約”を結んでいる。 スポンサーと言っても、個人なので何の宣伝をするわけでもない。 そもそも、4・6回戦ボクサーのスポンサーになった所で、広報効果なんてありはしない。 でも”特典”として、ジムへの出入り自由や、試合の時のセコンドに同道できるようになった。 だから出来る限りジムには、仕事帰り寄るようになった。 ジム生たちの間で、俺が蓮の”パパ”ではという噂が立っているのは、うすうす知っていた。 申し訳ないと思いつつ、でも蓮はとくに何の変わったそぶりもなかった。 悲しいほどに蓮は、俺に何の関心も示さなかった。 彼はまるで他に何の関心もないみたいだ、一つのこと以外に関しては…。 大した金額ではない、蓮がゲストハウスから、新しく安い賃貸に一人暮らし出来る家賃分を毎月支援するような小さなものだった けれど、それから俺の生活に張りが出てくるのがわかった。 蓮を支援するには、金を稼がないといけない。 ”生活保護でもいいや”なんて思っていた考えは、スポンサーになると決めた時点で吹き飛んだ。 俺にしては、死にもの狂いで怖すぎる面接にも行き、なんとか小さな広告代理店の契約社員に潜り込んだ。 手取りは月に22もいかない。 けれど実家に暮らしているから、蓮への費用は”家賃分”として十分払えるのだった。 以前の仕事では、給料も過食に使いまくっていたが、今はつらい朝も起きて頑張ろうと思える気持ちが起きていた。 ”蓮も今、ロードワークしているはずだ”と。 俺は依存しているのだろうか。 けれどとくに俺は、何も求めていなかった。 あいつの人生に役に立っているというだけで、俺の日々も違うものに感じていた。 あいつが一つずつ、望むものに向かって這い上がっていくのを見るのが楽しかったのだ。 もしかして、暗い血まみれの果ての結末であっても…。 仕事のペースがつかめてきたころ、思い切ってジムにも入会してみた。 もっともストレッチや腹筋、せいぜい時々見よう見まねでサンドバッグを打ってみるばかりだったけど…。 横では蓮が、周りに目もくれず練習している。 どうせ自室に帰って過食嘔吐を繰り返すだけ。 親父と顔を突き合わすたびに、手を上げられるのではないかと、昔の感覚が反射的に蘇ってしまうだけ。 いつだって、肩や内臓が締め付けられる感じだったことに、最近気づいた。 それよりも、機械的にリズムを刻むような、拓海の縄跳びや、流れるようなシャドウ、サンドバッグを打ち込む姿を見ていると、時が優しく流れているように感じるのだ。 いつの間にか過食やリストカットは減っていた。 蓮がプロデビューして、1年が経った。 5戦という早いペースで、相変わらず生き急ぐようだ。 来た話は絶対に断らない。 トレーナーたちがどこかの興行の話をしているのを耳にしただけで、蓮は珍しく自分から口を開くのだった。 「その興行、入りたいです」と。 まだプロになったばかりで、とくにダメージは無かったようだったし、オーバーワークによるケガだけが不安だった。 けれどそのせいで、大した減量もしないですんでいた。 いつも痩せ犬みたいだったから。 5戦して全勝しているが、KOはまだ1つだけ。 がむしゃらに突っ込むのがとりえの蓮だったが、相手の動きはあまりおかまいなしに、先手先手で打ち込んでいくような戦い方だった。 アグレッシブと言えば聞こえはいい。 並外れた練習量もあって、とりあえず勝てはするが、あっと言う間にダメージがたまりそうな戦い方でもあった。 連打は打つけれど、決める一撃にも欠けている気がしていた。 KOの少ないボクサーは、いずれ売れなくなる。 6戦目は、A級、8回戦への昇格を懸け、かつてはランキングにも入っていたベテランとの試合だった。
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