前編

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「大陸を制覇しようとしている、恐るべき国よ。こんな辺鄙なところまで来るなんて……きっとすぐに追っ手がくる」 「ならば逃げないと」 「……そうね。当てはないけど」  そうして、カンナはふわりとククルルの肩に飛び乗った。  ククルルはかつての人間の街の方をじっと見てから……そことは反対の方へ歩き出した。 ◆◇◆◇  ククルルとカンナは、とりあえず北西を目指した。  他は大きな人間の街があるからだ。  彼らが行動するのは、人目を避けるためいつだって夜だった。  ククルルの足音が響くのでカンナの魔術で防音しながら歩いた。  その姿も彼女の力で光の屈折を捻じ曲げ、見えないようにした。  しかしどうやったって、その存在を完璧には隠せないのである。  例えば足跡などはくっきり残ったし、通るためにうっかり木々を薙ぎ倒したのもそのままだった。  そのせいでカンナが言った通り追っ手がやってきた。  大半は大国の軍隊である。  聖剣を持つ勇者、賞金稼ぎの冒険者なんてのもいた。  噂を聞きつつけた山賊達も現れた。  しかし、大抵カンナの魔術でどうにかなった。  あるいはククルルの巨体に恐れをなし、逃げていった。  それでもなお、諦め悪く人間はやってくる。  ククルル達とて無敵ではなく、少しづつ傷つきながら、あてもなく彷徨うしかなかった。  だが皮肉にも、その旅の中で様々な光景を見ることが出来た。  己の足で世界を歩むことが出来た。  側にはカンナもいる。  今までよりも全然楽しい。  こんなにも世界がキラキラしているなんて。  けれど、そう思えば思うほど、ククルルの心に穴が広がる。  何故なら、人と繋がる絆こそが、ククルルが一番欲しかったものなのだから。  だから、それを手に入れられない今の現状は、ククルルには苦痛でしかなかった。  望むが一部叶っているので、余計にそう思うのだ。  ククルルの悩みは、更に深くなっていった。  カンナもそれを見て複雑そうな顔だった。  いつしか、互いが互いに気まずい思いをするようになり――やがて、そのまま半年が過ぎると、行く道が途絶えてしまっていた。  ククルル達は海に辿り着いてしまっていたのだ。  迂回するルートは何処にもない。  何処もかしこも大国の手が伸びている。  カンナの魔術でさえ海を渡る方法はない。  一体、彼らは何処へ行けば良いのやら。 「困ったわね……」  カンナは言葉通り、困り果てたように眉根を寄せた。  ククルルも、ああでもない、こうでもないと、考えた。  そうしてふと、感慨深くなった。  こんなことで悩む程、随分と遠いところまで来てしまったんだな、と思って。 (……これが海か)  改めてククルルは前方を見た。  どうやら考えているよりも、海というのはずっとずっと、広いらしい。  ククルルでさえ遠くまで見えない。  すべて塩水で出来ているのもまた不思議な。  虜となるには十分過ぎる光景だ。  ククルルはこの海を見続けたくなった。  どうせ、何処にも行けないのなら、しばらく――  と、そんな時だった。  後ろから何か、気配が近づいてきたのは。 「……!」  カンナが驚き、振り返って身構える。  地面は砂浜ではなく岩礁。  足跡もなく、ククルル達の姿は魔術により隠れている。  それでも痛い目を見てきたククルル達は警戒を怠らない。  そうして、果たしてやってきたのは――まだ十歳前後の子供達だった。 「……」  呆気に取られるククルルとカンナ。  子供達は素潜りをするなど遊び始めた。  どうやらここは彼らの遊び場らしい。実に慣れた様子である。  その服装は露出度の高い原始的な民族衣装。肌は全員が褐色。  大国民ではない。  カンナがぽつりと呟く。 「まさか大国に追いやられた流浪の民の末裔……?」  子供達はキャッキャと遊び続けている。  あまりに無防備で、それが当たり前みたいな顔をしている。  やがて日が傾くと子供達は帰っていった。  しばらくして、その方向へククルル達は進んだ。  彼らは高台に登ってそれを見下ろした。  これまた原始的な村だった。  狩猟採集を基本とする小さな村。  恐らくカンナの言った通り、大国に追いやられた流浪の民、その末裔達が築いたものだろう。  あまりの僻地故に、大国にも忘れ去られ、住民達も代を重ねる毎に平和ボケしたのかもしれない。  数日観察して、そこに住む村民達が酷く温和であることをククルル達は感じ取っていた。  外部との交流も一切ない。  閉じられてるからこその、平和な村だ。  ククルルはその村に、一つの可能性を見出していた。  それは即ち、ここでなら、自分達は受け入れてもらえるのではないかという考え。
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