恰好いいと思われたい

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恰好いいと思われたい

「ああ、智可(ちか)が可愛い……」  いつもの呟きが零れた。これはもう口癖で、自然と口から出てくる。とにかく俺の恋人の智可はとても可愛いのだ。素朴で飾らない智可に一目で惚れ、告白しまくってつき合えることになった。それだけで俺のモノクロな人生が薔薇色に変わった。  ただ問題点がある。智可が好きすぎて恰好悪いところばかりを見せてしまうことだ。デートのときに喜んでもらいたいと思って高額なものをプレゼントしようとしたら「無駄遣いするな」と怒られ、ふたりで食事をすると智可ばかり見ていてぽろぽろ落としてしまい「子どもみたい」と笑われる。ベッドの中では智可があまりに可愛いのでねちねち責めてしまう自分が変態っぽくて嫌だ。  社会人になっても好意をもって視線を向けられていることが多いのは自覚しているが、俺が欲しいのは智可だけだ。行きつけのカフェで出会ってからすぐに好きになり告白したが、自分ではつり合わないからつき合えないと断られたところを押して押して押しまくってつき合ってもらっているのに、恰好悪いところばかり見せるなんて情けなさすぎる。智可に恰好いいと思ってもらえるようになりたい。 「痛っ」  意気込んで料理をしていたらまた失敗した。左手の親指を切ってしまった。恰好よくおいしい料理を作るはずが、と涙目になりながら絆創膏を貼ると同時にインターホンが鳴った。智可が来てしまった。迎えるときにはすでにテーブルに食事が並んでいてスマートに夕食にするつもりだったのに、まだ野菜を切っているところだ。なにもかもが恰好悪い。 「こんばんは、忠則(ただのり)さん」  玄関のドアを開けると春の陽射しのような温かい笑顔が待っていた。心がほわんとなり、口もとだけではなく顔全体が緩んでしまう。そしてはっとする。これも恰好悪い。慌てて表情を引きしめるが今さら遅い。 「あがって。ごめん、まだ食事できてなくて」 「そうなの? じゃあ一緒に作りたい」  思わぬ喜びを見つけたような表情で微笑む智可は世界一可愛い。ふたりで食事を作ることになった。エプロン姿の智可もものすごく可愛い。シンプルな黒いエプロンなのに、甘美な色気が漂っている。うっとりと見つめてしまうと苦笑された。 「そんなに珍しいものでもないでしょ。一緒に料理するなんてよくあることなんだから」 「そうなんだけど……可愛いから」 「俺は可愛くないよ」  智可はわかっていない。この世に智可以上に可愛い存在などありはしないのだ。そう言っても笑うばかりで本気にしない。そういうところも控えめで素敵なのだけれど。 「いつも思うけど、智可が料理してるところを見られるのは幸せだな」 「おおげさだよ」  手際のいい智可を隣で見ながら肉を焼く。可愛いな、と隣を見てばかりいたら肉を焦がしそうになった。 「わ、わ、焦げる」 「よそ見してるから」  慌てる俺を智可が笑いながら見ている。もっと恰好いいところを見て欲しいのに、とがっかりしてしまう。でも智可が楽しそうだからいいか。 「お皿出すね」 「ありがとう」  智可が背を向けて食器棚に向かう。その後ろ姿を見ていたら抱きしめたくなった。細めの腰に腕をまわしたい。そっと手を伸ばそうとしたら少し振り返った智可が「めっ」という顔をする。またやってしまった。 「忠則さんは本当に仕方ない人だね」 「ごめん……」  苦笑されて落胆する。どう考えても恰好悪い。 「ほら、食べよう?」 「そ、そうだな」  落胆は確かにあるけれど、智可との時間はとても楽しい。ずっと笑顔で俺の話にも朗らかに相槌を打ってくれる姿にほっとする。智可といると心が休まる。一生その笑顔を隣で見ていたい。そのためにも恰好いいと思ってもらわなくては、と気合いを入れ直す。 「片づけは俺がやるから、智可はシャワー浴びておいで」 「ありがとう。そうするね」  浴室に向かう智可を見送る。食器を洗い終えて水を止めるとシャワーの水音だけが聞こえてくる。ちらりと浴室のほうを見る。 「……ちょっとだけ」  本当に少しだけ、と自分に言い聞かせて脱衣室に入り、浴室のドアをわずかに開ける。 「忠則さんっ」 「はい。ごめんなさい」  即ばれた。俺の行動が読まれているのかもしれない。欲望に正直すぎる自分にうんざりする。リビングでソファに座ってしゅんとしていると、シャワーを終えた智可が戻ってきた。 「しょうがないなあ」  落ち込んだまま俯く俺の頬を両手で包んで額にキスをくれた。単純な俺は気持ちがすぐに浮上した。 「ベッド行こう」 「がっつきすぎ」  また失敗した。笑われてしまった。 「ごめん……」  肩を落として反省の意を示すと今度は頬に唇が触れる。 「いいよ? でもまず忠則さんもシャワー浴びたら?」 「後でいい!」  智可を抱きあげてベッドに直行する。本当に欲望に正直すぎる。でも智可相手にこうならないほうがおかしい。  ベッドにそっとおろして唇を重ねる。 「忠則さんは可愛いね」  髪を撫でながら囁かれて頬が火照る。どちらが年上かわからないと思いながら智可の肌を味わう。可愛いより恰好いいと思われたいのだけれどまあいいか。キスを繰り返しながら満たされた気持ちになる。結局智可には敵わない。 「あっ……」 「ここがいいの?」 「ん……気持ちいい……」  胸の尖りをいじめると智可はいつも腰をくねらせる。それがとても色っぽくて俺は乳首をいじり、ねぶる。他には触れていないのに、智可の可愛い昂ぶりは張り詰めてとろとろと蜜を零していた。「早く食べて」と言われているようで、でも焦らしたい気持ちもあってわざと昂ぶりには触れずに腰や内腿を撫でてキスをする。智可の腰を軽く持ち上げて窄まりにもキスをすると可愛い声があがった。ずっと聞いていたい、脳が蕩ける声。  指をそっと忍び込ませるとゆっくりとそれを呑み込んでいく様をうっとりと見つめる。可愛い智可のすべてを食べてしまいたい。 「智可、痛くない?」 「……平気……」  頬を上気させて潤む瞳で見つめられたら腰が重く疼く。今すぐ挿れたいのをぐっと堪えてじっくりと後孔をほぐす。胸の尖りをまた口に含むと背が仰け反る。髪に指がさし込まれ、もっとと言うように胸に押しつけられるとこのまま死んでもいいと思うほどの幸福感に満たされた。だが今死ぬわけにはいかない。智可にも幸せになってもらいたい。 「忠則さん……もう挿れて」 「……!」  智可の言葉にはっとする。あまりの可愛さに我を忘れてまたねちねちといじめてしまった。恰好いい男はもっと優しく紳士的に抱くのだろうに、これではだめだ。焦る気持ちからか、ゴムがうまく着けられない。初めてでもないのにどうして、と焦れば焦るほど着けられない。 「着けてあげる」  見かねたように智可がゴムを着けてくれた。恰好悪すぎる。 「どうしてスマートに着けられないんだろう……ごめん」 「こういうことは手慣れてるよりうまく着けられないくらいのほうが俺は好き」  本当に智可には敵わない。昂ぶったものに触れられるだけで腰の奥がずくんと疼く。どんなに恰好悪くても智可が笑っていればそれでいいかも、と復活する単純な俺。なめらかな太腿の肌を楽しんで、両脚を持ちあげる。思い違いではなく、明らかに期待している瞳がこちらに向けられ、あまりの色気に猛ったものにさらに熱が集まる。 「あっ、あ……忠則さん……っ」 「っ……」  可愛い智可のおかげと言うべきか、智可のせいと言うべきか、あっという間に達してしまった。早すぎる。智可もまだ物足りないだろう。 「ごめん。興奮しすぎた……」  落ち込むと頬を撫でられて唇が重なった。甘噛みされ、また身体の奥に熱が灯る。 「忠則さん、もう一回しよう?」 「する」  すぐに元気になる俺は本当に単純だと思うが、智可にこう言われて終われるわけがない。智可をとろとろに蕩かしたい。  でも、智可は情けない俺でいいのだろうか。
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