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美雨は深呼吸して、ゆっくりと口を開いた。
「……本当に、私が婚約者でよろしかったのですか」
「どういう意味だ?」
嶺人がカップを受け皿に置けば、カチンと固い音が鳴る。食器を強く触れ合わせるなどマナーを仕込まれた嶺人らしくない。その甲高い音は警鐘じみて耳に響き、美雨は細い肩をきゅっと縮こまらせた。
「美波姉様ではなく、私でよろしいのですか……? 今なら、間違いと言ってもまだ間に合います」
美波は嶺人と同い年。年齢としても彼女の方が釣り合いが取れている。
それに何より、嶺人は美波のことが好きで、美波も嶺人が好きなはずなのだ。
美雨に対して責任を取ることを——美波に謝罪するくらいには。
「……何か認識の齟齬があるようだ」
嶺人が大きなため息をついた。美雨はびくりと肩を揺らす。
「俺は望んで美雨を選んだ。美波は関係がない」
優しいな、と美雨の胸が鈍く軋む。怪我をさせた責任感で美雨を引き取ろうというのに、負い目を感じさせまいとしている。気遣われれば気遣われるほど、自分の器の小ささを見せつけられるようで息苦しくなった。
「不安だというなら、今ここで結婚してもいい。もとよりその予定だった」
「えっ?」
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