38「悩ましきは世論事情」

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38「悩ましきは世論事情」

 まさに”今の”問題点を煮詰めたような案件に、自ずと表情が険しくなる。  怪訝なエリックの心を汲むかのように、スネークは資料をぺらぺらとめくりつつ、すまし顔で口を開くと、 「……国内でも、『オリオン領の女性軽視』は凄いものがありましたからねえ。  現盟主さまに世代交代されてから少しは(・・・)良くなりましたが、まだまだ根深いものがありますよ」  と、息。  スネークは眉を捻って言葉を続ける。 「女たちは表向き・男性に色目を使いませんし、半強制的に結婚させていた 前時代から、一変・世代交代を期に自由恋愛制にした途端、婚姻率は下がる一方……これもそれも、前オリオンサマの”ゴカツヤクあってこそ”、なんですが。勘弁していただきたいものです」 「…………スネーク」 「────おっ……と。失礼いたしました。私はいい街だと思っていますよ、『ウエストエッジ』」 「………………」  じろりとあげた目に、冷ややかながらも楽しんでいるような笑みで返され、エリックはそのまま、スネークを一瞥を送る。  正直。  彼はこの、スネークという男の態度が気に食わなかった。  トラブルを面白がるような姿勢、人の神経を逆撫でる物言い。どうにも”食えない男”。  なるべくなら関わり合いになりたくないが、このスネーク、『表向きの情報収集と、立ち回りの良さ』は抜群なのである。  周りをよく見て、力関係も把握し、時には頭も下げるし上にも立てる。  立場上、裏の情報も知っておきたいエリックにとっては、依頼の運び屋として十分すぎるほどの動きをしていた。  スネークとしても、自分が調査をするわけにいかない。  最初こそああだったが、今は、エリックとスネーク組合長は、互いに協力関係にあった。  …………仲は悪いのだが。  エリックは、嫌味のようなトゲを飲み込むと、短く息を吐き、低めのトーンで話始める。   「…………おまえの感想はいい。それより、縫製組合は、確か女性の組合員が8割……だったか」 「正確に申し上げるなら7.6割ですね。被服の他に、革と衣料小物・靴・洗濯なども含まれています」 「…………」 「ここで対象になる”毛皮製品”に至ってはほぼ、女性の組合員の管轄です。……他は〜……革と靴職人は男性がおおいですが。組合の中でも数が少なく……可哀想なものです」 「…………縫製は、前時代の縫製革命と労働改革、……あとはモデル『ココ・ジュリア』の影響で、さらに力をつけた業界だ。今まで働くことを制限されていた分、”手に職をつけたい”と雪崩れ込む女性が多かった。だからこそ、組織としての結束は……とても 強い」 「簡単に突っぱねられますからねえ。『これは求められていません!』と、怖い顔で言われるのが目に浮かびます」 「……一丸になった時の、女性の団結力すさまじいからな。情報を聞く限り、普段から互いが互いを支え、見張りあっているんだろう。……良い抑止力だよ」 「自活力のある女性が団結すると、ここまで強固になるとはねえ。我々の誰も、夢にも思いませんでした」 「…………」 「…………」  長い政策の末。意固地に結束してしまった縫製組合(ギルド)を前に、エリックとスネークの間に沈黙が落ちて──…… 「…………どうします? ボス。少しばかり相手が悪いのでは?」  沈黙を破ったのはスネーク組合長。  響かせる声色に諦めも交えつつ、煽るように述べた。  しかしエリックはテーブルに手のひらをつき、背筋を伸ばしながら──言う。 「……どうするもこうするも。”これ”が俺の仕事だ」  迷いのない返事。  スネークの口元がふふっと上がった。  そしてスネークは、声も高らかに述べるのだ。 「……しかし……困りましたねぇ。縫製業界の女性といえば、私も何度も袖に振られたんですよ。どこかに、都合よくぺらぺらとしゃべってくれる女性が居ればいいんですが……流石に、そんな都合のいい女は────」 「────心配ない」  張りのある声がアジトに響いた。  スネークのジリッとした視線を受けつつ、彼は言う。 「…………お誂え向きがいる」  『よく喋り』『愛想もよく』『現時点でこちらを警戒していない 縫製業界の女』  浮かび上がっている人物は──そう。  総合服飾工房(オール・クローゼット) Vesty(ビスティ)の着付け師・ミリアとかいうあの女。
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