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37「不穏な値動き」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
「”お客様”は、なんと?」
覗き込むように聞いてくるスネークに、顔を強張らせた。
瞬時に溢れる言葉を飲み込んで、表情を殺し、文面を凝視して──
「……毛皮が高いから、調査しろとのことだ」
「────ほぉう? 毛皮、ですか」
「……………………」
濃縮還元で絞り出した。
その言葉に関心の声を上げ、涼しい顔で全てを理解したかのような顔つきで、資料の山に向かうスネークを視界の隅に。
エリックの胸の内────リチャード・フォン・フィリップ──隣国『アルツェン・ビルド公国』の王子への文句が吹き荒れる。
(────別に。頼んでくるのは構わないけど。文面に問題があるだろ。もう少し何とかならなかったのか? なんだこの文章。検閲はどうなってる。……あいつ、また自分で投函したな? なんだこの文章。なんだこの文章……!)
しかし、それを”ぐっ……っ”と飲み込み、エリックはスネークに目を向けると、
「………………実態は? どうなってる」
なるべく、厳格なトーンで尋ねた。
大変なのである。
この『文面への文句を我慢する』のが。
彼は『ボス』だ。
威厳、尊厳は保たなければならない。
手紙に愚痴るわけにもいかない。
仕事の内容は大したことじゃない。
彼が構えて居たのは、この文面だった。
しかし、エリックの葛藤など知る由もなく、問われたスネークは資料を片手に澄ました表情で口を開くと、
「…………先月の価格調査報告書によると、確かに……”跳ね上がってます、ね。売価の方ですが」
「仕入れのほうは」
「仕入れに変動はありません。大きな変化は”売価”です」
自然とテーブルに集まる男二人。
棚から引き出した資料を片手に述べるスネークに、エリックは手を伸ばして資料を寄越すよう促した。
ドンと置かれる紙の山を横目に、提出された資料に目を落とし────目が捉えたのは毛皮の売価。
読み取る情報。
ここ一か月の『毛皮』の動き。
──……確かに、スネークの言う通りだ。
「………………内需が伸びていて、生産が追いつかないのか……?」
「その辺りのことは、流石にわかりません」
「そもそも、なんで今『毛皮』なんだ。夏だぞ?」
そう。季節は7月中旬。
北東にそびえる霊峰ニルヘイムより吹き下りる冷風も和らぎ、徐々に暑さを感じる時期である。
シルクメイル地方の夏は、南に比べてそれほど暑くない。人によっては長袖のまま過ごす人間もいるぐらいであるが、それでもこの先、ここの土地なりに暑くなる。
こんな季節に『毛皮の内需が伸びる』のは首を捻ってしまうが、しかし、情報は正直だ。
不可思議な数字に、喉の奥で唸るエリックの隣で、スネークは黙って首を横に振ると、糸のような目をわずかに開けてボスに述べる。
「………隣国の王子サマも随分と先物買いですねぇ。こんな季節に毛皮、ですか」
「…………あいつはさておき、問題は値段の跳ね上がり方と時期だろう? もっと詳細な報告書は?」
「こちらで開示を求めているのは大まかなもの過ぎません。ここから先は縫製組合の管轄になります」
「────縫製……、」
聞いてエリックは渋い顔で唸っていた。
一瞬目を逸らし顔を上げると、スネークに向かって口を開く。
「……報告をあげるよう、指示できないのか」
「あちらは職人組合・こちらは商人組合。ボスもご存知でしょう? 我々の……仲の悪さは」
「…………ああ。うんざりするほど、な」
言われ、エリックは苦く、舌を巻いた。
(──……よりにもよって”縫製”とは……!)
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