決して、会社に来訪はしないでください

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決して、会社に来訪はしないでください

「家賃3万で、一軒家ですか……!」 結崎悟は思わず椅子から立ち上がった。 「ええ、本当です」 結崎のオーバーなリアクションにも関わらず、不動産屋の社長は冷静だった。 こんなリアクションに慣れているんだろう。 「この物件は社長案件で、私がこの人こそ!と思った人にしかおすすめしません。結崎さんが、まだ学生で、かつ猫を飼いたいというお気持ちを応援したくご案内します。私も猫は五匹飼ってますので」 社長の目がキラリと光った気がした。 「そ、そうなんですね。嬉しいのですが、さすがに安すぎて不安です……事故物件ですか?」 「ええ、ガチ事故物件です。幽霊屋敷ですから」 家賃に影響するくらい公な事故物件。 怖さ半分、興味が湧いた。 「どんな幽霊が出るのですか?」 「その土地建物の所有者の十文字さんの曽祖父、円城博士です」 「幽霊がそこまで特定されてるって……それに博士って……?」 社長は声をひそめて言った。 「十文字円城博士は、国から依頼されて秘密兵器や生物兵器を開発していたとか、果てはオカルト通で悪魔を呼び出して日本を帝国として世界に君臨させようとしていたとか……。数々の噂があるんです」 ヤッベー奴だ。 絶対近くにいてほしくないタイプ。 でも死んでるしな……。 あ、だからこそ逆に近くに来れちゃうか。 変な物件だが、猫のミィちゃんのためなら仕方ない。 敷金礼金も0円で、ガチ物件なのは確定だ。 「一度、内覧していいですか?」 「もちろんです。相応の覚悟でいらしてください」 社長が鋭い目つきで言った。 ♢♢♢ ミィちゃんとの出会いはドラマチックだった。 飲食店のバイトが終わり、夜道を歩いていたときだった。 すると、黒い野良猫が寄ってきたのだ。 それが今のミィちゃんだ。 ミィちゃんは、歩く俺の足と足の間をくぐった。 そしてまたもう一歩出すと、その間をくぐった。 普通のスピードで歩いても、ちゃんと足の間をくぐり、10メートルくらい一緒に歩いた。 俺は、ミィちゃんを幸せにすると決めた。 ただ、俺のアパートは動物禁止だった。 今は、友人の片桐に預かってもらっている。 片桐に幽霊屋敷の相談をした。 「その幽霊がミィちゃんにどう影響するかが心配だ」 片桐も猫好きで、やはり一匹飼っていた。 「ミィちゃんも内覧に連れて行ったら? なんなら俺も行く。俺、実は霊感があるんだ」 霊感については初めて知った。 ガチ物件とはわかっているので、むしろ鈍い方がいいんじゃないだろうか? ♢♢♢ 内覧日になった。 ミィちゃんを猫用のリュックに入れ、自転車で二人で向かう。 街中に急に林が現れ、中を走っていく。 目の前に洋館が現れた。 「……明治時代の、ハイカラなお屋敷……的な?」 ジブリ映画の一幕のような景色に、片桐が驚いた様子で言った。 社長はもう着いていて、建物について解説した。 「望楼がついた木造二階建て。ドイツ式の作りですよ」 外壁はミント色。 ところどころはげていて、蔦が絡まっている。 社長は、玄関のベルを鳴らした。 中に誰かいるんだろうか? ガチャリと音がして、ノブが回る。 ドアがあいた。 一人の男が立っている。 20代……? 端正な顔立ちで、丸メガネにワイシャツにスラックスだ。 何がそう感じさせるかわからないが、一昔前の若い人……という感じがする。 「円城博士です」 社長が言った。 「え……?」 意味がわからなかった。 明らかに、目の前に、人がいる。 円城博士は、幽霊のはずだ。 『こんにちは、皆さん。私は間違いなく、十文字円城だ。私は、幽霊というものが、残留思念だと突き止めて、こうして自分の残留思念を強く残すことに成功した。私と一緒に暮らすことを条件に、この屋敷を貸し出そう』 円城は無表情のまま言った。 「……もう、帰った方がいいぞ、悟。こいつは、本物の幽霊だ。だから、ヤバすぎる」 片桐が震えながら言った。 「う、うん。俺も、幽霊って、もっとさりげないものだと思ってた……」 結崎は、社長を見て言った。 「すみません……あまりに怖すぎて、無理そうなんですけど……」 「……そうですよね、受け入れがたいかと思います。残念ですが……。あ、この屋敷については、内緒にしてくださいね。いたずらされたら困るので」 「わかりました。約束します」 結崎は、円城博士をチラリと見た。 変わらず無表情でこちらを見ている。 ハッキリ見えているのに、信じられない。 人間というのは、不思議なときは知りたいくせに、いざ目の当たりにすると受け入れられないもんなんだな、と思った。 そう思ったとき、ミィちゃんが暴れ出した。 「苦しかったかな」 焦って、カバンを開けた。 ミィちゃんは、サッとカバンから飛び出すと、円城博士の足元に座った。 みゃあ、と鳴く。 円城博士は、屈んでミィちゃんの頭をなでた。 みゃあ、とミィちゃんはまた鳴いた。 「……ミィちゃんは気に入った……みたいだな……」 片桐が頭をかきながら言った。 ♢♢♢ 結局、屋敷を借りることにした。 引っ越しを済ませて生活が始まると、案外良かった。 全体的に古めかしいが、最近流行りのクラシックなカフェみたいだ。 周りの林のおかげで陽の光は柔らかく、時間がゆっくり過ぎていく感じがする。 ミィちゃんは広いお屋敷の散歩を楽しんでいて、お気に入りの日向ぼっこスペースでくつろいでいる。 この屋敷の雰囲気に染まったせいか、できる限り自炊をするようになり、紅茶やコーヒーにこだわるようになった。 片桐は天体観測が好きだったので、二階の部屋を貸していたらこちらもハマってしまった。 その時、片桐の猫、カンスケも連れて来るのだが、ミィちゃんと楽しそうに遊んでいる。 スマホや動画を見る時間が激減した。 情報に触れてないとダメなんじゃないかと思っていたが、全然大丈夫だった。 この、世界から取り残されたような洋館で、結崎は充実した毎日を送るようになっていた。 円城博士は大抵書斎にいる。 元々書斎は円城博士が亡くなった後、全てそのままにされていた。 そりゃ、残留思念も溜まりやすいだろう。 「博士、わかんないところがあるんですけど」 結崎と片桐は工学部の学生だった。 『どれどれ。私の研鑽が生きるのか、試してみよう』 約100年前に生まれた人に聞くのも変だが、博士は死後も勉強を続けていて、ちゃんと教えてくれるのだった。 博士はインターネットも使いこなせていて、パソコンで調べるのもできるし、無料動画もガンガン見ていた。 『まったく便利な世の中だね。一方で、自然を眺める豊かな時間はとりづらい。幽霊として永遠に生きる僕でも時間がないと感じるよ』 「博士はなんで幽霊になったんですか?」 『90歳まで生きたんだけどね、科学者として未知のステージに挑戦したかったのさ。特に、オカルト分野は人間の根幹に繋がっているのに、怪しく扱われやすい。もっと時代が追いついて……いや、逆かな、時代が原点回帰するのを待っているのだよ。そのためには、理解ある生きている人たちと、出会っておかないとね』 だから家を貸しているのか。 「俺もこの洋館に住みたいな……」 片桐が言った。 「いいんじゃない? 部屋空いてるから。カンスケも居心地良さそうにしてるし」 『久しぶりに賑やかになるね。私も、人が増えるのは大歓迎だよ』 博士の承諾を得て、片桐も洋館に引っ越すことにした。 ♢♢♢ あれから、結崎と片桐は大学を卒業し、大学院生になった。 円城博士の指導の元、二人は円城博士が志半ばで止まっていた研究を引き継いだ。 屋敷は実験施設として十文字家が整備してくれて、三人は夢中になって研究した。 『……ついにできた。いわゆる、アンドロイドだよ』 小さな子どもの見た目だった。 顔は、円城博士の孫のマドカだ。 『僕の個人的な願望に付き合ってくれて、ありがとう。マドカは、天才だった。私が出会ってきた人間の中で一番話が通じる奴で、彼に私の全てを引き継がせたかった。だが、彼は高校一年の時に事故に遭ってしまった。いわゆる脳死状態。なんとかして生きている体から、”彼らしさ”を抽出し、魂を再現したかったのだ』 博士は、マドカを無理矢理に延命させ、体に残っている残留思念から魂を作る研究をしていた。 人工知能が発達したこともあり、それと融合させ、幽霊の自分のような”魂だけの存在”ではなく、人工の体を与えて物体化させたのだ。 研究を始める時に聞いたことがある。 「マドカ君を幽霊にしたら、ダメなんですか?」 『私が幽霊としてハッキリ存在できるのは、この屋敷の中だけなのだよ。オカルトの粋を集めてね。これはすごく微妙なバランスが必要で、やり方がわかっていても誰彼がやれることじゃない。そんな限定的で、あやふやなものでない形で、マドカを再生したかったのだよ』 そういう理由で、マドカのアンドロイド計画が動き出したのだ。 片桐が、マドカの人工体に電気を流した。 ゆっくりまぶたが開いた。 『マドカ、久しぶりだね。見た目は全く違うが、お前のおじいちゃんだよ』 『円城おじいちゃん……ですか?』 『そうだ。お前はアンドロイドとして生き返った。どんな気分だい?』 『……私はずっと、眠る自分を上から見ていました。家族が嘆き悲しみ、おじいちゃんが私のために研究をしてくれたことを知っています。時に、もう自然の摂理にしたがって、死を迎えた方が、家族やおじいちゃんが私に縛られることなく生きられるんじゃないかと思うこともありました。でも、おじいちゃんが……幽霊になってまで、時代が追いつくのを待って、私のために研究を成し遂げようとしてくれたのを見て……私も覚悟を決めました。十文字円城と、十文字円華にとっての自然の摂理はこれなんだと。おじいちゃん、ありがとう。そして、お二人も……』 マドカはこちらを見て言った。 ♢♢♢ 結崎と片桐は、大学院卒業後、会社を起こした。 会社名は”合同会社MARU”。 『癒し猫マル』という、本当の猫に見えるロボットを作って販売している。 マルは、亡くなった猫の特徴を入力すると、そのような反応、仕草をして、あたかもその子が生まれ変わったように感じさせる。 もちろん、新しい猫も飼うのもいいのだろうが、飼い主が高齢化していると新しい猫を躊躇う人もいる。 価格はお高めだが、そんな方々に好評だった。 会社は、林の中の秘密の洋館。 研究は、現代人二人と、幽霊とアンドロイドがやっている。 お問い合わせは、電話かメールで。 来訪はお控えください。
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