4月1日

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4月1日

 一年でこの日だけは嘘をついてもいい日。  そんなこと、幼稚園児のモモちゃんは知らなかった。  でも、小学校2年生のお姉ちゃんは知っていた。  お姉ちゃんはモモちゃんもエイプリルフールを知っていると思って嘘をついた。その日はたまたま日曜日だった。 「ねぇ、今日おばあちゃんのお誕生日なんだよ。」 「え?そうなの?じゃ、プレゼントしなきゃ。」  モモちゃんは急いでおばあちゃんの絵を描いて、お手紙も書き始めた。  ひらがなだったらモモちゃんでもお手紙が書ける。  お店で忙しいお母さんに代わって、おばあちゃんはいつもモモちゃんをお銭湯に連れて行ってくれるし、映画館にも連れて行ってくれる。  モモちゃんは一生懸命おばあちゃんの為にプレゼントを作った。  それなのに、言い出しっぺのお姉ちゃんは何も準備しようとしない。 「ねぇ、お姉ちゃんはなにもあげないの?」 「もうとっくに用意してあるからいいんだよ。」  お姉ちゃんは心の中で舌をぺろりと出しながらモモちゃんにそう言った。  お誕生日と言えばケーキである。  まだまだケーキは高い時代。生クリームのケーキなんて近所のケーキ屋さんには売っていなかった。バタークリームのケーキはモモちゃんは好きだったけれど、お姉ちゃんは嫌いだった。  モモちゃんは、お店で忙しそうにしているお母さんの所へ行った。 「ねぇ、今日おばあちゃんのおたんじょうびするでしょ?」  お母さんはハッとしたようにモモちゃんを見て、 「あぁ、そうねぇ、うん。4月1日だし、そう言う事にしようか。」  と、少々意味不明の返事だったが、すぐにケーキ屋さんに電話を架けて、 「今日、おばあちゃんのお誕生日するので、ケーキのプレートにおばあちゃん60歳おめでとう。って書いてくださいね。」  と言って、電話を切った。  実はおばあちゃんのお誕生日は3月15日。中学校の学生服の販売があって、すっかり忘れていたのだった。  日曜日はお客さんもはやくかえるし、今日は雨だったのできっとお店も早く終われるだろう。 『どうりで最近、おばあちゃんのご機嫌が悪いわけだわ。』  おかあさんは、提案してきたモモちゃんをぎゅっと抱きしめて 「いいこと考えたねぇ。今日だったら日にち間違えてても大丈夫よねぇ。」  と、言った。 「おばあちゃんのお誕生日今日じゃないの?」  モモちゃんは心配になってお母さんに聞いた。  そこでようやくお母さんは、モモちゃんが本気でおばあちゃんのお誕生日が今日だと思っていることに気づいたのだった。  そんなことを吹き込むのはお姉ちゃんしかいない。  おかあさんは、お姉ちゃんを呼んで 「モモちゃんに嘘ついたのね?」  と、聞いた。  お姉ちゃんはバツが悪くて 「だって、4月1日だもん。」  と、口を尖らせた。 「モモちゃんはまだエイプリルフールなんて知らないのよ。可哀そうでしょ?すっかり今日がおばあちゃんの誕生日だと思ってるよ。お姉ちゃんも話を合わせて、今日がおばあちゃんのお誕生日ってことにしてね。  おばあちゃんのお誕生会やっていなかったから今日やるわよ。」  お母さんにそう言われて、お姉ちゃんも大急ぎでおばあちゃんへのプレゼントに折り紙でいっぱいお星さまを折った。  そして、モモちゃんに 「ねぇ、モモちゃんのおばあちゃんの絵の上にこのお星さま貼って、二人のプレゼントってことにしない?」  と、言った。  いつも、お姉ちゃんはモモちゃんと何かを一緒にしてくれることなどないので、モモちゃんはとても喜んだ。  その日の夕方。  何も知らずに、いつものようにおばあちゃんがモモちゃんをお銭湯に連れて行って帰ってくると、珍しくお店が早めに閉まっている。 「今日は早じまいなの?」  そう言いながら帰ってきたおばあちゃんに、みんなで 「お誕生日おめでとう~。」  と、言って、電気を消して蝋燭にお父さんが火をつけた。  おばあちゃんは、今年はお誕生日を忘れられていたのに、なんで今日、急に?と思ったが、せっかくの雰囲気を壊したくなかったので、素直に 「まぁ、どうもありがとう。」  と言って、蝋燭の日を吹き消した。  モモちゃんが描いてお姉ちゃんのお星さまを貼った絵は、お姉ちゃんがおばあちゃんに渡した。  モモちゃんはおばあちゃんにお手紙を渡した。  お母さんは、誰かのお誕生日になると作ってくれる、鳥の骨付きのモモ肉を塩コショウで味付けしてじっくりと揚げ焼きしたものを出してくれた。  お姉ちゃんの嘘から始まったお誕生日だったけれど、みんなが嬉しくなった。  その後、おばあちゃんはその日のいきさつをお母さんから聞いて、 「嘘から出た誠ってことになるのかしらねぇ?でも、来年からはお誕生日の日にやってほしいねぇ。」  と、ようやくいつもの調子の少し気の強い意地悪なおばあちゃんに戻った。  モモちゃんは、その日に初めて一年で一度嘘をついてもいい日を知ったのだけれど、お姉ちゃんに騙されたと知った時はなんとなく心の中の涙の袋がいっぱいになったので、それから4月1日がきても一度も嘘をついたことはない。    モモちゃんは面白い嘘。というものがよくわからなかったし、ついてもいい嘘というのもよくわからなかった。  なにより、モモちゃんは自分が嘘をつかれるのは例え冗談にしても嬉しくはなかったから、他の人にも嘘はつかなかった。  大きくなるとだんだん笑って許せる嘘もあるのだとわかってきたけれど、それでも、モモちゃんはずっと嘘をつかなかった。  なんで4月1日があるのか、面倒だなぁと、年を取った今でも毎年頭を悩ませるのだった。 【了】    
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