奉納の日

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 その時──。  大きな閃光が辺りを包み、すぐに轟音が響き渡った。  村長の(かたわ)らの木に雷が落ちたのだ。村長は倒れていた。 「村長!」  村役二人が駆け寄る。どうやら村長は気を失っただけのようだった。 「お、お前は……!」  眩しさから解放された枢は、祠の前に立つ人を見て驚きの声を上げた。  あの女が立っていた。長い髪を下し、白い着物を着て、村で出会った時に増して美しい。 「山神様?」  村役の一人が呟いた。 「村長、よくもまあ、ぬけぬけと」  女の声は怒りに満ちていた。 「お前達も騙されるな!」  女は村役二人に向かって鋭く言い、彼らは驚いて尻餅をついた。 「多くの借財を抱えていたこの村長は、祠に祀られた我が像を盗み、江戸の蒐集(しゅうしゅう)家に売り払ったのだ」 「ま、まさか……」  驚きの声が上がる。 「災禍はこの村長の行いが起こしたようなもの。それを神桜のせいにするとは何事ぞ! さらには我が像を造りし者の命を奪おうとするなど、(われ)は一度も頼んでおらん!」 「へ、へえ。も、申し訳ございません」  村役達も二人の若者も平身低頭して、ただただ謝るしかできなかった。 「もしまたこれらのことを繰り返せば、これまで以上の災禍が村を襲うと覚悟せよ」 「しょ、承知つかまつりました」 「何卒、それだけはご勘弁くだせえ」  拝むようにして謝る村役や若者を女は睨みつけると、「わかったらこの者の縄を解け。そして村長を連れて即刻立ち去れ」と言い放った。  豪太がすぐに枢の縄を解いた。そして村長を若者二人で両脇から抱えると、村役と共に逃げるように山を下りていった。村長には村で厳しい処分が下されるだろう。 「やはり人ではなかったか」  枢の言葉に、女は優しい表情に戻った。 「ああ、そうさ。山の中に一人では飽きる。物見遊山に少し早く里に下りてみて、小さなお前に出会ったのだ」  十年前のあの花見の時だ。 「神桜が枯れ、お前が山神像を造ると知り、お前に会ってみたくなった」  女は恥ずかしそうに頬を染めた。 「さあ、わかっただろう。お前ももう村へ帰れ」  女の言葉に枢はかぶりを振った。 「俺も一緒にいてはだめか? 」  女は驚いて目を見開いた。 「私と? 私の(そば)にいるというのか? 人ではなくなってしまうのだぞ」 「構わない。どうせ村に戻っても一人だ。あんたの傍にいさせてくれ」  迷う女に枢は歩み寄った。そして抵抗の素振りを見せる女の身体を、逞しい腕で包み込み抱きしめた。その途端、優しい香りが鼻腔をくすぐる。  それは桜の花の香りだった。
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