某月某日 その1

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某月某日 その1

某月某日  寝起きからくしゃみを連発。見えない敵がやってきたのを感じる。鼻水をかんでから顔を洗ったのに、洗っている途中からまた鼻水が出てきた。タオルで拭くわけにいかないので、濡れた手でティッシュを掴み鼻をかむ。また洗うと、鼻水が出る。きりがないので、適当なところで顔を洗うのをやめた。  目も痒くなってきたので、市販の目薬をさす。つん、として涙だか目薬だかが溢れた。 鼻からはまた水が垂れる気配がする。うんざりする。  ふと、この厄介で不快な症状を引き起こしている植物について考えた。  全日本で嫌われてしまっているであろうあの植物。本来は材木として皆の幸せために植えられたものなのに、いまは害を撒き散らすだけの存在になってしまっているのはなんとも哀れな気もする。  まるで、寂しさから3時間もカスタマーセンターにクレームを入れる老人のようだ。  昔は企業戦士と呼ばれ、家庭も顧みず仕事に邁進し、その結果家族の誰からも相手にされなくなった老人は口角から泡を飛ばし、自分の子どもや孫くらいのオペレーター相手に毒を撒き散らすのだろう。  大きな老いた杉の木が、ぐわんとしなって一所懸命に花粉を飛ばすところを想像したら、また大きなくしゃみが出た。  くしゃみと同時に口から飛び出してきたのは小さなおじさんだった。 皺だらけの顔を真っ赤にしてなにやら叫んでいる。顔を近づけてよく見てみると、おじさんというよりお爺さんに近い。ぼさぼさの眉毛まで白髪で、干せた顔をし目だけがぎょろついている。まるで、骸骨のようだった。薄汚れた和服は前がはだけて、赤い褌とあばらがみえている。 「どうしましたか。何をそんなに怒っているのですか」 私はいたって普通の声で話しかけたつもりだったが、お爺さんはその風圧でふらふらとよろけた。これに腹を立てたのか、お爺さんはますます声を荒らげたようだった。 私はどうしようもなくなって、頭をぼりぼりと掻いた。小さなフケがまるでスギ花粉のようにはらはらと落ちる。 それが丁度お爺さんの禿頭に降り注いだ。お爺さんは急に相好を崩すと、きゃっきゃっとはしゃいだ。 私はなんだかその様子がかわいらしくなって、さらに頭を掻きむしった。お爺さんはフケに飛びついたり、落ちたものを集めたりして無邪気に笑っている。 しばらく眺めていたが、出勤の時間が近づいてきたのでそっと離れ、支度をして家を出た。 お爺さんは相変わらず遊んでいて、私は扉を閉めたあと、もう一度鼻を盛大にかんだ。  仕事が終わって帰ってくると、お爺さんはおらず、かわりに雲脂でできた小さなだるまがちょこんと置いてあった。  私は写真を撮ろうとスマホを構えたが、途端に大きなくしゃみが出て、だるまはどこかへ霧散してしまった。
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