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春休みのプロローグ
ある四月一日の朝のこと。
中学三年生の山村トオルは、将棋研究会の部室に飛び込んだ。
この中学の将棋部としては異質なことに、なんとこの年は、学校が休みの四月一日に部活動があるのだ。
部室は校舎から独立してつくられた和室で、華道部と兼用していた。
「聞いてくれよ、モミジー!」
そう言われて将棋盤から顔を上げたのは、同級生男子の野田紅葉だった。
真っ黒な前髪を、目元が隠れるくらいに伸ばし、その奥には細い銀縁のメガネが光っている。
しわのない白いシャツと細身の黒いズボンは、その伸びた背筋と共に、和室によく似合っていた。
今日は、ほかには部員はいない。
「どうしたの、トオル」
「おれ、近所の知り合いに、いつも日本史のブログを読み漁ってる、自称歴史に詳しい日本史通の四十八歳のおじさんがいるんだ」
「うん?」
「で、おれ、日本史では源義経が好きなんだけど」
「ああ。鎌倉幕府を作った源頼朝の弟で、平家を滅ぼした強力な将軍だよね」
「そうそう。それがさ……そのおじさんが言うには、源義経って人気があるふうだけど、実は日本史好きの通なマニアからは嫌われてるんだって!」
紅葉は人差し指で、メガネを直して答える。
「……そんなの、人それぞれじゃないの? 嫌われていたって、仕方ないじゃない。好みなんだから」
「それがさあ、嫌われてるのには理由があって。主なものは次の四つだっていうんだ。
1、義経はよく美形に描写されるけど、実は不細工だった
2、義経は優れた軍略家ではなく、実はただ戦い方が卑怯だから強かった
3、実は政治的センスがない戦馬鹿だった
4、当時、実は敵だけでなく味方の皆からも嫌われていた
……悲しいよ、おれは! 実は義経は嫌われ者だったんだ!」
「……その連発されてる『実は』っていうのが凄く気になるんだけど。根拠はなんなの?」
「え? たぶん、どっかの歴史書とかにそう書いてあるんじゃないの? 最近の歴史ブログにもよくそう書かれてるみたいだぞ」
「ブログに書いてあっても……。どれ、じゃあ図書室に行って、どれだけ『実は』なのか見てみようか」
「えっ……なんか、怖いなあ。歴史書に『義経は不細工だった』って書いてあったらどうしよう」
「いや、その『歴史書』っていうのも具体的にどんな書物なのか……。まあいいや、とにかく行ってみよう」
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