第一章 遭遇

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第一章 遭遇

「っしょ、と」  掛け声をかけて、陽介は肩から重い荷物を下ろして大きく伸びをした。  バッグに入っている荷物は、十数キロにも及ぶ。ずっと自転車をこぎ続けてここまで登ってきた肩が、ようやく楽になった。  吐いた息が白い。  防寒はできる限りしてきたが、それでもきんとした空気がしんしんと体にしみこんでくる。まだ10月だけれど、今年は冬が早い。 「よしっ。今夜はよく晴れた!」  そんな寒さを吹き飛ばすように、陽介はわざと大声で言って空をあおいだ。  月のない晩秋の澄んだ空には、満天の星が輝いている。  右手の方から街の光が溢れているのが気になるが、今日の目的を考えたら高台に上る必要があったのである程度は仕方がない。  そこは、広い霊園にある四阿だった。  ぐるりと見まわせば、目に入るのは山の斜面に一面に広がる墓石の群れ。まだこの世ならざるものを見たことはないが、いてもおかしくないだけの雰囲気がある場所だ。  陽介は気をとりなおしてバッグを開けると、中にあった望遠鏡を丁寧に組み立て始めた。バイト代をためてやっと手に入れた新品の屈折式望遠鏡だ。家で何度か出してはみたが、星を見るのは今夜が初めてだ。  これで最初に何を見るか、陽介はずっと決めていた。  ちょうどいい場所にあるその四阿に望遠鏡を設置すると、陽介ははやる胸をおさえてそれを覗き込んだ。レンズを見ながら細かい調整をしていく。残念ながら陽介の予算ではとても自動追尾を買うまでには至らなかったので手動だ。  そうしてとらえた光点に、陽介は目を輝かせる。  フォーマルハウト。  暗い空に一際明るく光るその星を、息をつめたまま陽介は見つめた。  もちろん、肉眼でも見ることはできるが、初めての望遠鏡に通す光は何にしようと思ってこの星に決めた。  その光が山の中に吸い込まれるように消えていったのは、あっという間のことだった。山に囲まれたこの土地では、ほんのわずかなその時間しか目にすることはできない。それも、大気が曇っていない夜の限定だ。今日は、昨日の雨で空気が澄んでいたので、見ることができると陽介は確信してここへきた。  無意識のうちに止めていた息を大きく吐いて体を起こす。  たった数分のことだったが、なんとなくそれだけでもこの数か月の苦労が報われた気がして、陽介は十分満足だった。  高揚した気分で陽介は、持ってきたコーヒーを飲もうと荷物を振り返った。  と。  左手の少し先の方に、白い影がゆらりと動いた。 (げ)  そこには、長い髪のほっそりとした女性らしき影が見えた。陽介の背筋に冷たいものが走る。
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