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守らなかった約束
「誰にも言ってはいけない。絶対に秘密だよ」
俺はそう言って隣人の寝室に転がっていた遺体をビニールシートの上に移した。
その首にはベルトで絞めた跡があった。失禁状態ではあったが、幸い血は流れていなかった。だからそれさえ拭いてしまえば隣人宅に証拠は残らないはずだった。
俺はその遺体のあった場所を赤ちゃんのお尻拭きでキレイに拭った後、臭い消しをスプレーした。
其処は俺の住むアパートの隣の部屋だ。男が押し入り、其処の住民の抵抗が殺人事件に発展した現場だった。
その部屋に住んでいるのは母親と娘だった。
「お袋を介護していた時使った物です。これもです」
そう言いながら指を差したのは以前使っていた車椅子だった。
「お母様は?」
「貴女方が引っ越してくる前に亡くなりました」
俺はその人の協力の元、遺体を車椅子に乗せた。
「ところでこの人との係わりは?」
「面識はあります。勤めているスーパーの客です。何時も遠くから私を見ていました。なんとなく気持ち悪くて警戒していたのですが……」
「一種のストーカーですかね?」
「はい、そうだと思います。何故此処が解ったのかは知らないのですが……」
「ところで娘さんは?」
「怖くて布団の中で縮こまっています」
母親がそう言うと娘は布団の隙間から俺を見た。
「大丈夫だよ」
そう言ったのには根拠があった。きっと正当防衛だと思ったからだった。
俺はこの男が部屋に入る様子を見ていたのだ。 それは異様な光景に見えた。だから何かあるのではないかと気が気じゃなかったのだ。
「それでも怖いか?」
俺の質問に娘は頷いた。
俺はその車椅子に遺体を乗せて近くにあった不法投棄のゴミ集積所に運んだ。何時もゴミで溢れていて見つからないと判断したからだった。
お袋の介護のためにこのアパートの一階にあった部屋を借りた。だから車椅子での出入りが楽だったのだ。
そしてお袋が亡くなった後、その隣に越して来たのがこの母親と娘だったのだ。
俺は遺体を遺棄した後で隣人を尋ねて今後のことを話し合うことにした。
「証拠は一切残しませんでした。だからお二人が疑われることはないと思います。でも万が一のために明日から旅行に出てください」
「何故ですか?」
「じつは遺体をキャンプ用のアルミシートで包みました。殺害時刻を判らなくするためです。勤め先には急用が出来たとか連絡して……」
「はい、解りました」
母親はそう言うとすぐに連絡をとった。どうやら実家らしい。娘の進路相談を口実にするようだ。
「仕事先は偶々休みですので……。ところで貴方は?」
「俺も出掛けます。アリバイを作りますのでご心配なく。今後何があっても知らぬ存ぜぬを通してくださいね」
俺はそう言って部屋を出て、自分の部屋に移動した。俺はその時殺人の証拠を隠し持っていた。それは凶器になったベルトだった。
俺は約束を破り、いざとなったら母娘の身代わりになる決意をしたのだ。実は俺はこの女性に好意を持っていたからだ。この母娘は俺の命の恩人だったのだ。
俺は数日後遺体遺棄現場に行き、アルミシートを外した。
顕になった遺体を今度は段ボールを覆うことにした。
これでアリバイは完璧のはずだった。
保温の出来るアルミシートと段ボールでは深部体温が違うと思ったからだった。
もしものためにこのシートも残すことにした。
俺は本気で犯人を買って出ることにしたのだ。
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