日本語を話して

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日本語を話して

駅に向かう道を、なぜかショータが遠回りして、川沿いの遊歩道を歩いている時だった。 ショータのスマホが鳴った。 「ごめん、電話」 ショータはわたしから少し離れて、かかってきた電話に出ると何か話していた。 そう言えば、いつもこの時間くらいになると電話がかかってくる。 家にいる時は部屋に戻ってしまうし、今だってわたしから離れてから話している。よっぽど聞かれたくないんだ。 電話の相手は彼女……とか? もしかしてお母さんと暮らしていた所で彼女がいて、遠恋してる? 彼女がいるかどうかなんて聞かなかった。 よく考えたら、いてもおかしくないよね? 最初から、ショータはわたしのことをからかってばかりだった。 今日のことも、その延長? わたしは、優しさを勘違いしたバカな「姉」? もうマイナスなことしか思い浮かばなくなってきた…… 両親の再婚で姉弟になってしまったあの漫画では、「弟」と「姉」は両思いになるけれど、そんなの漫画だからアリなんだよね。 現実は、わたしだけがショータを好きになってしまって、「弟」には彼女がいるかもしれない。 わたしはショータの知り合いに、芋だとしか紹介してもらえない。「姉」ですらない。 ダメかも。 だんだん負のループに陥ってきてる…… 「紗羅ちょっとじっとしてて」 電話を終えたショータが正面に立っていた。 「そのまま。動かないで」 ショータはわたしの左腕に触れると、ブレスレットをつけた。 「これ?」 「紗羅が見てたやつ」 「どうして?」 「似合うと思ったから」 そしてそのまま、左腕を持ったまま、指先にキスをした。 「……やりたいだけ?」 その言葉でショータの動きが止まる。 言いすぎた。 「なんでそうなる?」 「違うって言える?」 謝らないといけないところなのに…… ショータが腕を離すと、距離をとった。 「なんだよ……」 怒らせた。全部わたしが悪い。 これまで何を言っても怒ったことはなかったのに。 そもそも、わたしがショータのこと好きになっちゃった時点で、「姉」としてはもう詰んでる。 この先ずっと姉弟でいられるか自信がない。 だったら、このままケンカして、話もしないくらい仲が悪くなった方がいいのかもしれない。 「わかんない?」 ショータがムッとした口調で言った。 「何が? わかるわけない。どうせ、わたしなんて芋なんでしょ?」 「へ? それを何で怒る?」 ショータがあまりにもふざけた返答をしたから、涙が出てきた。 「ショータなんか嫌い!」 「俺は好きだけど」 「ふざけないでよぉ……」 「もしかして、イモって、ジャガイモとかさつまいもとかの芋って思ってる?」 「他に何があるのよ……」 「(いは)(いも)ろ ()を偲ふらし 真結(まゆす)ひに (ゆす)ひし紐の ()くらく思へば」 「何言ってるかわかんない。日本語話して」 「沙羅に会わなかったら好きになることなんかなかった。でも会ってしまったから。気持ちのやり場に困ってる」 ショータはいたってまじめな顔をしていた。 「万葉集、勉強しなかった?」 「そんな昔のこと、覚えてない」 「イモって、漢字で書くと「妹」。でもきょうだいとかの意味でもなくて、大切な人とか恋人って意味」 えっ…… ショータは、さっきまで怒ってたのに、今は、しょーがないなぁ、って顔でわたしを見ている。 「俺、紗羅のこと聞かれた時、いつも『大切な人』って言ってたつもりだった」 「そんなの……わかるわけない」 「でもみんなわかってたけど?」 そう言われたら……ショータがそれを言った後、みんなショータのこと茶化してた。 「わたしだけ知らなかったってこと?」 「良かった。機嫌なおった」 「なおってない!」 「紗羅のつむじ右巻き」 不意打ちでショータがおでこにキスをした。 「つむじもかわいい。いつも思ってた」 「つむじを?」 「そう。紗羅ちっこいから見える」 ショータが両腕を広げて微笑んだ。 「おいで」 年下のくせに……何でそんなに余裕なの…… そう思いながらも、ショータに抱きついた。 ショータの背中に手を回すと、ぎゅっと抱きしめてくれた。 これは、姉弟の仲直りのハグじゃないって言って欲しい。 「こうしてると紗羅のつむじがよく見える」 「バカっ」
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