この匙はまだ投げない

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 汗をかきながら、レンゲを口に運ぶ。必死だ。  そびえ立ったチャーハンの山は切りくずすたびに、ボロボロと雪崩を起こしてしまって食べにくい。  むせ返りそうになるのを必死に抑えて、お冷を煽る。一気飲みだ。  目の前のチャーハンはキムチが乗ったタイプではない。ぱらぱらしたご飯に卵が絡み、甘辛い焼き豚と白い刻みネギが入ったオーソドックスなタイプだ。  つまり、辛くはない。説明を聞いた時は有利だと思っていたが、今となっては辛さのペースメーカーが欲しかったような気もする。  余計なことを考えている暇はない。口を動かしたまま、壁の掛け時計を見る。タイムリミットまであと3分ちょっと。  傍らのテーブルで、甥っ子の少年が叫んだ。 「頑張れ、マキちゃん! 」  その声を聞いてあたしは我に帰る。そもそも、どうしてこんなことになったんだっけ?  突然、好きでもなんでもなかったものが猛烈に欲しくなることがある。食べ物の話だ。  昨日まで何とも思っていなかった食べ物、自己紹介の『好きな食べ物』には多分書かないようなものが食べたくて仕方なくなる。  昨日、兄の家に行くため新幹線に乗る直前は『焼きそばパン』だった。改札内のキオスクに駆け込んで買い込み、飛び乗った電車内で何個も何個もがっついた。  好き嫌いどころか、これまでの人生で食べたことなど数えるほどしかない。  それでも、急激に少し味の濃いソース、内側にべったり塗られたマーガリンの味が突然恋しくなったのだ。  ちなみに数日前のそれはお好み焼きだった。本当に何の脈絡もない『衝動』なのだ。  今朝目が覚めたら、今度はチャーハンが食べたくなっていた。  それも、豚肉とキムチでピリ辛の味がするものや、母の作るピーマンとソーセージの健康的なものじゃない。  卵がからんで、油のギトギトな『中華料理屋のチャーハン』が食べたい。早速、冷食のチャーハンを解凍しようとして気づいた。  今日は甥っ子をラーメン食べに連れて行くんだった。
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