やすらぎのレストラン

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「あの、以前どこかでお会いしたことは」  そこまで言って、下手なナンパと思われたかも知れないと思い、焦ってしまう。 「決して変な意味ではないんですが」 「うふふ、わたしは今日からここに配属された山名と申します」  彼女は首から下げていた社員証を見せてきた。 「新人さんですか」 「中途採用なんですけどね。前の会社で嫌なことがあって、思い切って転職したのに、今度はパワハラ上司ですよ。もう、嫌になります」  そう話す彼女は、言葉とは裏腹にどこか楽しそうにさえ見えた。  エレベーターが停まり、ロビーに着く。彼女がビルの外まで送ってくれたが、何となく別れるのが惜しくなってしまう。 「あの、よかったらお食事とかいかがでしょう。とてもいい店を知っているんです。絶対に気に入ります。保証します」  まるであの店の回し者のようだが、これでは結局ナンパと変わらない。 「奇遇ですね。わたしにもオススメのお店があるんですよ」  そう言ってニコリと笑った彼女の顔にえくぼが出来た。  人は食べなければ生きていけない。そして生きていれば壁にぶつかったり落ち込むこともあるだろう。でも、食べたいと思えるならば、それは生きたいと思っていることと同義だ。そして、せっかく食べるのなら、美味しく心も温まるような食事がいい。  今日も、目一杯働いて腹が空いた。脳裏にあの店の看板が浮かんでくる。まだ見ぬ料理を想像するだけで、心が踊る。きっと最高の一皿を味わうことが出来るだろう。
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