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「いらっしゃいませ。おひとり様ですね? カウンター席へどうぞ」
その店のドアをくぐると、いつものように店長が出迎えてくれる。
シュッとしたたたずまいで、洒落たデザインのコックコートを身にまとう彼は、僕を店の奥に案内する。カウンターの一番奥の席が僕の指定席だ。ここからだと、店内が見渡せるし、何より落ち着くのだ。
「本日のメニューですが」
店長は水の入ったグラスをテーブルに置くと、おもむろにメニューを開いた。
「おろしポン酢を添えた、和風手ごねハンバーグです」
そう言って、メニューの中ほどを指さして見せてきた。写真を見るだけで肉汁の味が口の中に広がり、胃が勝手に準備を始める。
その店は、いつ来ても自分が食べたいものをピンポイントで出してくる。別に日替わりメニューしかないわけではないし、和食に中華に洋食にと、数は豊富な方だ。普通の店ならメニューを開いて頭を悩ますところだが、その必要は一切ない。
一見すると醍醐味を奪われているように感じるかもしれないが、そうではない。勧められるメニューは百パーセント絶対にハズレがないからだ。
普通は、その日の体調や気分で食べたいものが変わるが、店長はまるですべてを見透かしているかのように、言い当ててしまうのだ。この店に入って席に着けば、何も考えなくてもその日の自分にとって最高の料理を味わえる。
「美味そうだ。それをお願いします」
「しばらくお待ちください」
店長が頭を下げ、キッチンの方に消えていく。ここは多くても五人程度しか入れない小さな料理店だ。店長一人で切り盛りしているのでこの大きさが限界なのだろう。内装は洗練されていて、少しレトロな調度品でまとめられている。実家に帰ったような安心感と、きちんとした料理を味わう場所としての雰囲気を同時に持ち合わせている。
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