桜舞う午後

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 この時間になると、通りに面した一枚ガラスの窓は、巨大な鏡となって店内の様子を写し出す。柔らかな明かりが灯る古い喫茶店の中に差し向かいで男が二人。  光司の日常に組み込まれている風景の一つだが、こうして客観的に見てしまうと何だか奇妙だ。通りの向こうには妹の香乃がアルバイトをするケーキ屋、フレイズがあり、そちらはとっくにシャッターが下りている。  香乃は塾に行っているか、そうでなければ家で食事も終えているに違いない。憮然として、独りぼっちで、機械的に箸を動かしたに違いない。 「フレイズのチーズケーキ、旨かったか?」  パスタを茹でながら、隣のフライパンでハムやピーマンを炒めた始めた啓介が、訝しげに顔をあげる。 「旨いかって、お前食ったんじゃないのか?」  いや、と光司は首を振った。 「俺はほとんど食ったことないんだよ、特にケーキは。あいつがわざわざ俺に持ってくるわけもないし。」  光司はこの近くに小さな部屋を借りて一人暮らしをしている。だから香乃のもらってきた余りのケーキにありつくことはほとんどなかった。 「でも今日の朝食っただろう? 香乃がそう言ってた。」  食欲をそそる匂いが店内に溢れてきた。啓介はコーヒーも絶品だが、フライパンさばきも堂に入っている。光司はそれを眺めるのが好きだが、同時に複雑な感情も覚えてしまう。 「確かに今朝は荷物を取りに戻ったけど、食ったのはマドレーヌだよ。やっぱお菓子の修行をちゃんとした人の作るお菓子って、マドレーヌ一つとっても違うのな・・・」  と、ここまで話して、ふいに笑いがこみ上げてきた。 「お前、だからそれは、またあいつに担がれたんだよ。愛から出た嘘だ。愛しのアキナ様のために無い金出して買ってきたんだろ。」  啓介はしばらくの間、目を見開いて突っ立っていた。それから一つ息をつくと、パスタの水気を切ってフライパンに移す作業に戻る。ジャーッと軽快な音があがる。  ソースとしっかり絡めると皿にあけ、スライスしたゆで卵も乗せてくれる。光司はその上から大量の粉チーズを振る。その間に啓介は彼専用のスツールに腰を掛けた。とても脚が長く作られているので、傍目には立っているのと同じに見える。 「だからクッキーまで入ってたんだな。」 「気づけよ、そこで。」  ずるずる、と音を立ててスパゲティを啜りながら、光司はきっぱりと言った。
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