桜舞う午後

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 香乃は啓介のことをとことん慕っている。それは恋愛というよりは、保護者を求めているようなものではないか、と光司は思っている。  有名レストラン「バオバブの樹」のオーナーとして、その一切の料理を作っている二人の両親は、昔も今もレストランに、そこで扱う食材に、全ての精力を傾けているような人間だ。  だからきっと人間の子供も栄養価の高い土さえ供給しておけば、南フランスのズッキーニみたいにすくすく育つと思っていたのだろう。  それでも光司が小さい頃はまだ良かった。枯れかけていないか、虫にやられていないか、それなりに世話を焼いてくれた。  ところが香乃が小学生になった頃から、店は急激に「地元のちょっとお酒格なフレンチレストラン」から「予約が半年取れない超有名店」へと変貌した。有機野菜など身体に優しい食材を使う、という母の考え方に時代が追いついてきたわけだ。  忙しくなっても両親は人を雇うことをしなかった。だから香乃の世話は、ほとんと光司がしたも同然だった。そしてその隣にはいつも啓介がいた。いつも変わらず優しい啓介に保護者の役割を求めたのも、当然と言えば当然だろう。  香乃は最近、ますます自分を取り巻く世界を敵とみなし始めているようだ。現実社会に拒絶反応を起こしているみたいに。そして味方はたった一人だけと決めている。啓介、ただ一人だけ。頑なに、一途に、たった一つの座席を空けて妹は待っている。  しかしそれは皮肉なことだと、フォークにパスタを巻きつけながら光司は考える。皿から目を上げると、光司が何も言わない内に、啓介はコーヒーを入れる準備をしている。  穏やかな表情で立ち働く、その男の俯いた顔をしばらく見つめる。こいつは、啓介は、人を愛さないことに決めているのだった。
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