マーレゼレゴス帝国

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「ふーん、王様側だとまた別の能力もあるって事なのかな。ゼリゼも同じなのか?」 「俺には魔力しかない。王側だろうな。だが俺たちは生まれてから一度も面と向かって王にも皇后にも会った事がない」 「え、そうなのか?」  それには驚かされた。  王族だと当たり前の事なのだろうか。思案していると、神妙な顔つきでラルが口を開く。 「昔はそんな事なかったんですけどね……いつからか誰とも顔を合わせなくなってしまい、王族同士の謁見さえ滅多に許しが降りなくなりました」 「え、ラルって王族だったのか?」 「ふふ、元ですよ、元」  この中で一番年上のラルが言うのだから間違いないだろう。  それ以上踏み込んで聞いてしまうのは憚られ、話は別の話題へと移っていき、朝からまた調理人たちを巻き込んで大人数での会食になった。  ***  そんな平穏な日々が続いたのは一週間くらいだった。  玲喜の体調が急に悪くなり、ベッドから起き上がれない日が続いているからだ。  あまりにも酷いので秘密裏に協力を仰いだ産婆と医者を呼び寄せるも、もう時期良くなるだろうと言われ、辛抱している状態だ。  だが、この頃から玲喜は妙な夢を見る事が増えていて、夜中に目覚めた試しなどないと言うのに毎日のように起きている。そしてまた今日も飛び起きていた。 「はっ、は……」  短い息を何度も吐き出してから、気持ちを落ち着けるように深呼吸する。  ——夢なのに、気分が悪い……。  血に濡れた己の手に見た事もない銀色の短刀が握られていて、床には見知った皆が倒れていた。  手に残る感触がやたら生々しくて、今すぐにでも手を洗いたい衝動に駆られる。  短刀で誰かを傷つける等、そんな事したいと思っていないし、周りに望んでもいない。  寝汗が凄くて、玲喜はゼリゼを起こさないようにソッとベッドを降りると新しい寝着に着替えた。  しかも一度夢を見て起きてしまうと眠れなくなってしまう。  こう何日も同じ日々が続くと、やがて寝不足が続くようになった。  そのせいで日中も常に睡魔と戦っている状態となり、悪循環に陥っている。 「玲喜はまだ具合悪そうなのか?」 「お見舞いくらいさせてよ~」  玲喜が夢と現実の狭間でうつらうつらしているとマギルとジリルの声が聞こえてきた。 「やっと寝た所だ。せめてもう少し玲喜の具合が良くなってからにしろ」  ゼリゼが端的に説明し、皆んなが去っていく足音がする。  寝れないどころか、三日前からはとうとう食事すら摂れなくなってしまった。  これまで生きてきて夢見は悪くないタイプだと思っていたのに、今は起きた後まで気分が最悪だ。  玲喜は薄っすら開けた瞼を閉じてまた夢の中に落ちていく。  ふと頭を撫でられている感触がして、次に目を覚ますと、ゼリゼがベッドに腰掛けていた。  珍しく結構寝れていたようだ。ゼリゼは政務から戻ったばかりなのか、まだ服を寛げた様子がない。 「体調はどうだ玲喜」 「ん……少し、マシかも」 「マシという顔はしていないな」  ゼリゼの目の下にもクマが出来ているのが分かって、玲喜は体を起こすと指でなぞった。 「起きなくて大丈夫だ。寝ていろ」 「平気だ。ゼリゼ、もしかしてオレの回復魔法って自動になっていないのか? それともオレが夜起きるから寝れないか?」 「気にするな。お前と会うまではいつもこうだったからな。職務が落ち着けば何とでもなる。玲喜のせいじゃない」 「ゼリゼ……‎לְהִתְחַדֵשׁ」  腕の中に抱き込んで回復魔法をかける。するとゼリゼがため息をついた。 「お前はまた……。今くらいは自分を優先しろ。顔が真っ白になってるぞ。食事もまともにとれていないだろう。それに俺は大丈夫だと言っている。信用出来ないか?」  はにかんで見せたゼリゼの頬を両手で包み込んで、自分から軽く唇を喰んだ。 「違う。そうじゃない。ゼリゼがしんどそうなのは、オレが嫌なだけだ。ごめん。ちゃんと信用……してる……よ」  力を使って体力まで消耗したのか、玲喜は言いながらそのままベッドに横になるなり寝落ちてしまった。  暫く待って玲喜から安やかな寝息が聞こえてきたのが分かると、ゼリゼは玲喜の髪の毛をすいてからシャワールームへと向かった。  ゼリゼが戻ってくると玲喜はまた魘されていて、寝言を口にしていた。  それは玲喜が体調を崩し始めて毎日続いている。 「……さい、ごめ……なさ……、ご……、さい。みん……な……な……ない、で」  ずっとそう繰り返して、玲喜が泣く。  何をそんなに謝る必要があるのかゼリゼには分からないが、夢であろうと玲喜に泣かれるのは堪える。 「ゼリ……ゼ、置いて……か、ないで」  背を撫でてやり、ゼリゼもその横に身を倒した。  身長のわりには元々線の細い玲喜の体がもっと細くなっている。黒髪も前よりも艶を失っていた。 「俺がお前を置いていく訳が無いだろう」  震えている玲喜を腕の中に抱きこむ。 「大丈夫だ、玲喜。安心して良い」  暫くの間背を撫でていると、玲喜の呼吸音が落ち着いてきたのが分かり、ゼリゼも同じように目を閉じた。  *** 「あの、ゼリゼ様。玲喜様は大丈夫でしょうか? 最近お姿もお見かけしなくなり、何も召し上がられないと耳にしました。もしかしたらこれなら飲めるのではないかと思い、作ってみたのですが如何でしょうか? 特別に作らせた柑橘系の果物の果汁に細かく砕いた氷を混ぜてお飲み物のようにしております。人工的な甘味料などは一切混ぜておりません」  執務室に向かおうとしていたゼリゼの足を止めたのは、専属のシェフだった。  手をしていたのは、黄色のシャーベット状の飲み物で、ゼリゼは受け取ろうと腕を伸ばす。 「差し出がましい真似をしてしまい、申し訳ございません」 「いや、助かる。貰って行こう」  何の躊躇もなく、ゼリゼは手にした。 「ふふ、玲喜は人気者ですね」  側からラルが揶揄い交じりに声を掛けたのだが、ゼリゼはラルが思っていたような不機嫌な表情はしておらず、面を食らったのはラルの方だった。 「皆が心配していると玲喜にも伝えよう。感謝する」  ふわりと笑んだゼリゼを見て、ラルどころかシェフでさえもギョッとした顔をしたまま何も言えずに立ちすくむ。  今までゼリゼにそんな嬉しそうな表情を向けられて、礼を言われた試しがなかっただけに、心底驚いたのだ。  玲喜がマーレゼレゴス帝国に来て、ゼリゼの纏う雰囲気が柔らかくなってきているのは分かっていたが、こうも目に見えた変化を見せられると玲喜の与えた影響力の凄さを思い知る。  ゼリゼだけならいいが、あの厄介な双子までもを変えてしまった。  三人は個々の能力値が高く、地頭も良ければ、魔力数値も高い。  それぞれ制御装置も付けた上で、力が暴走した時用に別の制御魔法までかけられていた。  そして与えられた政務も難なく熟す。しかし一国の皇子という肩書きもあり、見目も良ければ財力もある。  周囲からは持て囃されるばかりなので、己の職務さえ終えれば今まで各々が各方面でやりたい放題だったのだ。  玲喜と会い、良い方向にその均衡が崩れていた。  既に部屋に向けて踵を返していたゼリゼが思い出したように振り返る。 「ラル! 俺は玲喜にこれを届けてから向かう。先に行って良いぞ!」 「はい。ごゆっくりどうぞ」  どこか浮ついた様子で足早に去っていくゼリゼの背を視線で見送る。  ラルは少し前に玲喜が言っていた「ゼリゼも案外年相応で照れ屋で可愛いところがあるんだよな」と言ったセリフを思い出していた。  ゼリゼと今まで付き合ってきて、ラルはそんな感想を一度だって抱いた事はない。  今は玲喜の言う通りかもしれないと微笑ましく思えた。 「玲喜って……凄いですね」 「恐縮ではございますが、わたくしもそう思います。それに玲喜様を見ていると何だか……セレナ様を思い出してしまいます」  シェフから溢れた言葉を聞いてラルが目線を向ける。 「セレナ様を知っているのか?」 「いえ、あの……」  シェフは、しまったと言わんばかりの顔をして口を濁していた。 「大丈夫だ。安心していい。私はセレナ様に妹の命を助けて貰っている。セレナ様は恩人に等しい。ここでは他言無用として扱われているのも知っている。だが、もし私と同じように感じているのなら教えて欲しい。あの方の話を、同じように喜んで聞きたがる者がいる」  正面から向き直ったラルの真摯な瞳を見て、シェフは口を開いた。
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