俺は山田。お花見担当部長だ

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俺は山田。お花見担当部長だ

「ちっ、その辺のホテルに行ってヤレよ!」 俺はイチャイチャする男女に向かってぼやく。 もう、5分くらいキスしたまま動かない。 そのうち本番が始めるんじゃないか、と俺は気が気じゃない。 今、俺は東京のU公園にいる。 動物園とか美術館があって、桜の時期はお花見スポットして有名な公園だ。 何をしているかというと、花見の場所取りだ。 なんで総務部長の俺が場所取りを?……と思いながら、朝からもう4時間経つ。 ――暇だ……やることがない ** そもそも、なぜ俺が花見の場所取りをしているのか? 暇だし説明しよう。 そう、あれは先月の取締役会でのことだ。 俺は創業100年になる中堅企業で総務部長をしている。 取締役会の出席者は取締役だ。総務部が取締役会の議事進行、議事録の作成をしているから、その責任者である俺も同席している。 我が社では毎年4月2日に花見が開催されている。 4月1日に入ってくる新入社員を歓迎するためのイベントとして始まったらしい。だが、今の若い子はお花見なんかに興味はない。 二代目社長が自己満足のために続けている、我が社の悪しき慣行と言っていいだろう。 取締役会が終わりに近づいた頃、社長が言った。 「お花見の場所取りなんだけどさー、山田君、やってくれない?」 不意を突かれた俺は「私ですか?」と尋ねる。 社長の言った「山田君」とは俺のことだ。毎年花見の場所取りは新人の仕事。 4月1日に入社した新入社員が4月2日の場所取りをする。いかにもブラックな会社がやりそうな悪しき慣例だった。 なのに、なぜ俺が? 社長は「最近はコンプライアンスとかうるさいからさー」と事も無げに言った。 「さすがです、社長!」と取締役の鈴木が乗っかる。 鈴木は俺の同期入社だ。出世しない俺とは違う。もう取締役だ。 俺はコイツ(鈴木)のことが大嫌いだ。 納得いかない俺。 「コンプラがうるさいから、私が場所取りをするのですか?」 「だってさー。新入社員に場所取りさせたらパワハラとか言われそうじゃない?」 俺に場所取りするのはパワハラじゃないのか? そう思うものの、面と向かってそんなこと言えない。 「それでは、花見を中止するのはいかがでしょうか?」と抵抗する俺。 「山田ーーー! 社長に意見するのかーーー?」 鈴木が怒鳴る。社長にアピールしたいだけのクソ野郎だ。 俺は社内で「仏の山田」と呼ばれている。 怒らないからだ。 実際はヘラヘラしているだけで、怒っていないわけじゃない。 「えー? 山田、どうなんだ?」鈴木が調子に乗って俺に言う。 そんな鈴木に対して、イライラする俺。 でも、表面上はヘラヘラした顔をする。 「いえ、そういうわけでは……」 「じゃあ、山田君。君は今年のお花見担当部長だ。よろしく頼むよ!」 こうして俺はお花見担当部長を拝命した。 ** 広場に広げた10枚のブルーシート。正確な長さは分からないが20メートル×20メートルといったところか。 俺は他の社員が来るまでの間、ビールを片手にブルーシートに寝転んでいる。 もう桜の写真を10枚はツイートしただろう。 【上野公園で一杯。めちゃめちゃ気持ちいい!】 嘘だ。暇で仕方ない。 ツイートを見て知り合いが来てくれることを、俺は期待している。 俺は時計を確認した。3時30分だ。 4時30分には他の社員がくる。そうすると……あと1時間か。 前を見たらまだ男女はキスしている。 デリヘルを呼ぶ時に使っているホテルを、アイツらに紹介してやろうか? デリヘル……デリヘル……デリヘル……。 ――デリヘル……1時間あれば呼べるんじゃないか? スマホで店長にLINEを送る。 マリちゃんはいるらしい。 30分で到着するとしたら、30分で済ませてここに戻ってくればいい。 少しでも時間を節約するために、先にシャワーを浴びて全裸で待機だな。 俺はスマホでホテルを検索した。 「満室って……」 花見の時期は混んでいるらしい。 俺が横を向いたらビジネスホテルが見えた。俺はそのホテルの空室を検索する。 「1泊……35,000円??」 花見の時期は料金が高い。デリヘル代と合わせると……6万円? 残念ながら俺の財布には5万円しか入っていない。 「自宅に呼ぶか……」 俺のマンションは蔵前だ。ここから30分はかからない。 ただ、問題が一つある。 俺は単身赴任で東京にいるのだが、去年から娘が東京の大学に通うために部屋に転がり込んできた。 もし、娘が部屋にいたら……想像したくない。 俺は時計を確認した。 3時55分。 あと40分。 30分で到着するとしたら、10分で済ませてここに戻る。 そんな短時間でいけるだろうか……いや、そもそも、デリヘルは場所がないから無理だ。 朝から飲み続けた酒のせいで、俺は冷静な判断ができなくなっているのかもしれない。 冷静になれ、冷静になれ、冷静になれ……。 深呼吸をしながら考える俺。 「風俗に行けばよくね?」 俺が風俗に行けばマリちゃんを待つ30分は必要ない。 ただ、この時期はお花見客が多い。 U公園周辺でタクシーをつかまえられるかが問題だ。 それに、渋滞に巻き込まれたら45分で戻ってこられない。 「タクシーを使わずに走るか?」 今日の最高気温は27度だ。春先とはいえ暑い。 汗だくで風俗店に入っていく俺。 息切れしたまま……いやいや、ないない。 俺は時計を確認した。 3時55分。 あと35分だ。 「冷静になれ、冷静になれ、冷静になれ!」 俺は深呼吸をして最善策を考える。 その時、誰かが俺に話しかけた。 「山田部長! お待たせしました!」 そこには総務部の部下が立っていた。 部下は仕事を早めに終わらせて、花見会場に駆け付けたことを早口で俺に説明した。 俺は時計を確認した。 4時。 俺は前を向いた。 イチャイチャしていた男女はどこかに消えていた。 「アイツらホテルに行ったのかな?」と呟く俺に部下は言った。 「何か言いました?」 「何でもねーよ」 俺は「仏の山田」の顔で部下に言った。 <おわり>
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