叶えるノート

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

叶えるノート

「いいかい? これは私とあなただけ、そしてここだけの絶対に秘密だ」 「えっ? 秘密? 私とあなただけの?」 「このノートに好きな相手の名前を書きこむと思いが叶うんだ」 「そんな、まさか……」  それはとある日の夕方。学校からの帰り道。  街角の占い屋さんに寄りなんとなく軽く占ってもらったら、そう告げられたと同時にどこにでもある普通のノートをそっと手渡された。  ノートは、学校でもよく授業で使う何ら変わり映えしないどこにでもありそうな普通のノートだ。 「ええっと……ノートですか……。どう見ても普通のノートですよね、これ」 「騙されたと思って好きな人間の名前を書きこんでみるといい。そうだね、この不思議な“叶えるノート”あなたに特別にあげるから」 「え? あ、いいんですか? ど、どうもありがとうございます……」  ちょっとだけ困ったが、せっかくだったので私はそのノートをありがたく貰い鞄にそっとしまう。  本当にどこにでもある普通のノートだった。その辺の文房具屋にでも売っているんではないだろうか。  いけないと思いつつも思わず苦笑いを浮かべる私だったが、お礼を言ってその場をささっと立ち去った。 (まあ、ノートに名前書くくらいはタダだしね……占いの追加支払いもなかったしいいか……)  そう思いながら。  帰り道にある大通り沿いの公園にふらりと入りおもむろに砂場の横にあるベンチに座り、貰ったノートを鞄から取り出して。  私はじっと、そのノートを見つめた。穴が開くくらいに。 「ふむ」  正面から見ても横から見てもどうみてもただの普通のノート。名前を書くか。書くまいか。それが問題だ。  そう思っていたが。 (……ま、いっか。名前書くぐらいはタダだし)  再びそう思い、ごそごそとシャープペンシルを取り出してノートをおもむろに膝の上に広げる。  そして私は好きな相手の名前をノートの端っこにこっそりと小さく書きこんだ。 “クボ クニヒコ”  私より二つ年上の先輩。  私は今、十五歳。彼は、十七歳。  完全なる完璧な片思い。  部活が一緒というわけでもない。  通っている学校も違う。  通学での接点もまるでなし。  けれど。  出会いは突然だった。  親に言われて弟の迎えに仕方なく行った保育園で。  ばったりと出会った瞬間、私は恋に落ちたんだ。 (この人だ! この人が運命の人! 間違いない……!)  そう思って。早半年。  弟を迎えに行くたびに出会う、彼。  彼も同じ保育園に弟を迎えに来ていて。  調べてみると弟と同じチューリップ組。  私は完全に舞い上がった。  それからというもの弟に協力してもらって彼の名前をつきとめたり。  今思えば無茶だったけどどこに住んでいるのか弟に聞いてもらったり調べてもらったり。  考えてみると普通に怖いストーカーみたいだけれど。  恋する乙女にストッパーはかからなかった。 (ノートに名前を書くだけで思いが叶ったら苦労しないわよね……でもまあタダだし……)  ふふふっと、笑う私。  でも書きこむだけで、なんだかすっきりとした爽快感。気持ちが良かった。  瞼を閉じて彼を思う。  長身で聡明(そうめい)な姿、そして遠くまで通る優しく穏やかな男の太い声。  ついつい顔が、にやけてしまう。 「あっ、もうこんな時間」  ふと腕時計を見て。  弟を保育園に迎えに行く時間だとワクワクしながら、彼と付き合う自分を想像して一人、照れた。  こっそり名前を書いた、占い屋さんで貰ったノートを再び大切に鞄にしまいこんで。  弟を出迎えに公園を出て保育園に移動する。  気持ち足取りはスキップ。私は本当に嬉しくて浮かれていた。  そして辿り着いた保育園の正門の前で。 「そろそろかな……そろそろだよね……」  傍の木陰で弟が門から出てくるのをドキドキしながら、さらに腕時計をちらちらと見ながら待って。  気がつけばちょっと遠くに、思う彼の姿を見つけて。 (あっ、クニヒコ君だ……! 今日も来てる……やった良かった!)  そう思って一人彼との邂逅(かいこう)に感動する私。  気がつけば隣に彼の弟君が走ってきていて。 「クニお兄ちゃん!」 「迎えに来たぞ、アキヒコ」 (わわわ、超、可愛い~!)  無意識に顔が綻ぶ。  するとその彼の弟アキヒコ君の後ろから、 「お姉ちゃん!」  と、私を呼ぶ自分の弟の声が聞こえた。 「シュンタ、こっちだよっ!」  私も笑って弟を出迎える。  そんな時だった。 「ねっ、アキ君」  これは私の弟。 「うん、シュン君」  こっちは彼の弟君。  ふと二人ぴったりと寄り添いひそひそと話し合う弟達。  私は何があったのかと無意識に固まった。 (ど、どうしたの二人とも……!?) 「クニお兄ちゃん、クニお兄ちゃん」 「うん、なんだ? どうした? アキヒコ」 「お姉ちゃん、お姉ちゃん」 「なあに突然、シュンタ?」  すると弟達二人、同時に大きな声で大合唱。 「好き好き大好き~!」 「好き好き大好き~!」  驚く私の手と呆然とする彼の手をそれぞれに取って。  二人の弟達にそっと手を繋がされる、彼と私。  顔から火が出るくらい真っ赤になる、瞬間。 「えええええ!?」  と私は思わず大声を出す。  彼も顔面真っ赤っかだ。 (い、いったい、な、何事……!?) 「クニヒコお兄ちゃんはシュンタ君のお姉ちゃんが好きなんだよねえ? だから僕のことお迎えに来るんでしょう?」 「お姉ちゃんは、アキヒコ君のお兄ちゃんが好きなんだよねえ? だから僕のこと迎えに来るんだよね?」 「えっ、シ、シュンタ!?」 「あっ! アキヒコ、おまえ!?」  手を繋がされたまま。  見つめ合い言葉を発する私達。  突然のサプライズに。二人、再び思いっきり頬を赤く染めた。 「えーと、あの……こんにちは。突然ごめんね、ハルナさん」 「えっ、なんで私の名前知ってるの……クニヒコ君」 「あれ? 俺の名前知って……ぷっ! そういうことか!」 「あ……! あの、その……だから……! あはは……」 『いいかい? これは私とあなただけ、そしてここだけの絶対に秘密だ。このノートに好きな相手の名前を書きこむと思いが叶うんだ』  思い出されるのは、その言葉。 (もしかしてもしかして、願いが叶っちゃった?)  そんなことをふと考えて。 「好き好き大好きー!」 「好き好き大好きー!」  二人のそれぞれの弟達の大合唱。  私達は手を繋いだまま、これでもかと頬を赤くして笑いあった。  ひとしきり笑いあった後、呼吸を整えて。お互い言葉を発する。 「えーと。初めまして……と言うのは、おかしいか。ハルナさん」 「う、うん、そうですね。クニヒコ君」 「と言うわけで、ハルナさん」 「はい?」 「……どうぞ、よろしく」 「こここ、こちら……こそ」  改めて挨拶を交わす私達。  後日。正式に告白しあって。  お付き合いをすることになった私達なのでした。 ******** 「あっ、ここ、ここだよ。ここに占い屋さんがあったの」 「そうなんだ」 「ってあれ? 建物が無くなってる……なんで……?」  学校からの帰り道に街角のあの不思議なノートをくれた占い屋さんへ二人立ち寄った。  けれど、もうそこには占う人の姿もその建物も無くなっていて。  鞄の中には、あの不思議なノートだけ。  けれどそれも、いつの間にか不思議と消えて無くなっていて。 「あれ? うそ……ほんとに……?」  と鞄の中を見て、私。 「本当なんだよ、クニヒコ君。本当にここに占い屋さんがあってね、私……」 「うん、信じるよ。たぶんきっと、君にはもう占いは必要ないってことなんだろうね」  その言葉に。 「そっか」  と、ふと頷く私。  オレンジ色の夕焼けに彩られて。私達は静かにその場を後にした。 『これは私とあなただけ、そしてここだけの絶対に秘密だ』  そんな言葉を反芻する。 (そうか……秘密、か……)  私は空を見上げた。見上げて、つぶやく。 「秘密だもんね」  あの不思議な叶えるノートは今度はどこにいくのだろう。  そうそれはいつか、誰か知らないあなたの元へいくのかもしれない。  不思議な不思議な不思議なお話。  本日は、これにて閉店。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!