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Episode.1
「えっ!?」
大学の後、そのままバイトに直行して数時間。
ようやく終わったとスマホを開くと、大ニュースが飛び込んできた。
「新堂くん? どうかした?」
「な、なんでもないです。お疲れさまでした!」
不思議そうな顔した店長を残し、急いでコンビニのバックヤードを出た。
むっとした熱気が全身にまとわりつく。明日で8月も終わりだが、まだまだ暑さは続くだろう。
マスクを外そうとして、手を止めた。今外すとニヤけきった顔が晒されてしまう。
再びスマホに目を向ける。見間違いじゃない。デマでもない、公式発表だ。
『魔法少女☆スノードロップ』続編決定!
2010年~2011年に放送していた女児向けアニメ『魔法少女☆スノードロップ』
中学生のまひろが魔法少女・スノードロップに変身し、悪と戦うストーリー。
所謂変身ヒロインアニメというやつだが、本来のターゲットである女児だけではなく大人からも絶大な人気を誇っていた。今でもファンの多い伝説的アニメだ。
俺は当時8歳で、女児でも大きなお友達でもなかったが毎週視聴していた。
昨今は平成アニメの続編やリメイクが多いとはいえ、まさか2023年にスノードロップが見られる世界線にいるなんて。このためにオタクやってたんだな、俺。
駅に向かって歩きながら、夏の暑さとは違う熱で体温が上がる。
周りに人もいないようだったから、いい加減蒸れたマスクを外した。口元が外気に晒されてスッとする。
この令和の世で、また君島さんのブルームーンが聴けるんだ。
ブルームーンは『スノードロップ』の重要なキャラだ。
青い透き通るような髪をなびかせ、スノードロップの前に現れる青年。謎めいた彼はスノードロップに「僕はずっと、君を待っていた」と告げる。
幼い俺はブルームーンに一気に心奪われた。
その落ち着いて幻想的な声、一言で彼が普通の人間ではないと感じる響き。魅力的で魅惑的で、一瞬で世界をガラリと変えてしまうような声色。
そのブルームーン役が、大人気声優・君島碧。
今やアニメオタクで知らぬ人などいない売れっ子だが、当時20歳の無名新人だった彼の声を一躍有名にしたのがブルームーンだ。
男性にしてはハイトーンボイスの君島さんは、それまで可愛くて元気な少年役が多かった。しかし、ブルームーンはクールな青年。
今となっては低音ボイスにも定評のある君島さんだが、当時ブルームーンという役柄は新境地だったと聞いている。
夜空を見上げると、大きな満月が周りの星々を霞ませるほどに輝いていた。こんな日に発表なんて、公式は憎いことをしてくれる。
今日、8月31日は1年のうちで1番満月が大きく見えるスーパームーンだ。そして、1ヶ月に満月が2回ある場合、2度目の満月のことをブルームーンと呼ぶ。
この2つが重なった今日2023年8月31日の月は、スーパーブルームーンというかなり珍しい満月となっている。
スノードロップのブルームーンの由来は、当然このブルームーンだ。
「奇跡」「けして有り得ないこと」とされるブルームーンに因んで、スノードロップのブルームーンが現れると有り得ないことが起きると言われている。
こんな日は、本当に有り得ないことが起こりそうな予感がする。
いや、既にスノードロップ続編決定という奇跡が起きているじゃないか。やっぱりブルームーンの力はすごい。しかもスーパーまで付いてるからな。
駅前のデッキに続く階段を上りながら、もう1度満月を見上げる。なんとなく、青っぽく見えるような気がした。
ブルームーンは名前こそブルーだが、実際に青く見えるわけではないはず……
「――あああッッ!!?」
ズルっと足を踏み外し、身体が階段に打ち付けられた!
考える間もなく階段を転げ落ちていく俺の頭上に、月が青く輝いていた。
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