夢桜

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夢桜

「……あ」  久しぶりに、あの時の、孔明が毛利庭園からいなくなってしまった時の夢を見て鸞は目を覚ました。  しかし、ふと自分の胸元を見ると、温かな兄の腕がある。天蓋付きのベッドで、二人は肌を温め合うようにして一つの毛布にくるまって眠っていたのだ。  帰国以降、私立高校の教師として働いている思慮深そうな顔立ちとは裏腹の、獣を思わせる鍛え抜かれた見事な体躯に、鸞は包み込まれていたのであった。  良かった、兄はちゃんとここにいる……孔明の頰の暖かさを確かめ、腕の中からそっと這い出た鸞は、その白く滑らかな裸体にガウンをまとった。  朝日が差し込む出窓の向こうには、桜の木がふんわりと桜色に染まり始めている。と、南側の枝の花が数輪、咲いているのが見えた。 「だから、あんな夢を見たのか」  桜が見せた幻影か。それにしては切なかった。  振り向くと、孔明がまだぐっすりと自分のベッドで眠っている。  鸞の体内には確かに、孔明に愛された残滓がまだ燻っている。激しく愛された後のこの心地よい気怠さは、夢ではない。  思えば、兄と自分が肌を合わせて愛し合うようになってから、やっと初めての桜の開花だ。そう考えると、お互い気持ちが解っていた癖に、よくもグズグズと呆れる程に引き延ばしていたものだと、鸞は思わずクスリと笑ってしまった。  微かに出窓を開けると、早くも風に乗って花弁がひとひら、差し出した鸞の掌に舞い落ちた。 「桜色だ……可愛い」  こんなに可憐な色をしていたのかと、朝日に照らされて機嫌よく揺れる掌の上の花弁に魅入っていた。 「きれい……」  きれい、心からそう感じた。  ああ、あんなところにも、と花の数を数えていると、鸞は後ろから優しく抱きすくめられた。 「咲いたな」  まだ眠そうな声で、孔明が鸞の耳元で囁いた。 「おはよ……昔の夢を見ちゃった」 「ほう」 「兄上が、桜の向こうに消えちゃった日の夢」 「……もう、お前の前から消えたりしないよ。離れられるものか」  その声は、夢の中で聞いた声と同じ、甘く優しく芯を揺るがす声に違いなかった。  耳元で囁かれ、くすぐったそうに笑いながら、鸞が孔明の鼻先に花弁を乗せた。 「素敵」 「今年はゆっくり見られるといいな」 「うん……あ、本屋はダメ」 「何だ、ダメか」  あの時の切なさを思い返すだけで、鸞の目には涙が溢れてくる。その涙を、孔明は唇で吸った。 「朝食を済ませたら、桜を見に行こう」    
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