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◇
劇場『アシュベリー』に用意されている控室。そこに入り、ルーファスは「ふぅ」と息を吐いた。
(今日は、本当に災難だった)
そう思いながら、手慣れた手つきでお茶を淹れる。
この『アシュベリー』では、舞台俳優や舞台女優は完全な実力制となっていた。
人気があればあるだけ優遇され、控室も広々とした場所を使えるようになるのだ。もちろん、逆もしかり。
「……本当に、災難だった」
もう一度そう繰り返し、手早く目元につけた仮面を取る。
その後、その燃えるような結んでいた赤色の髪を一旦解く。それから、もう一度手早く結び直す。
視線を上げれば、目の前の鏡に美しい顔立ちをした男性が映っている。真っ赤な髪。同じような色の目。
この顔を見ると、ようやくルーファスは『ルーファス』ではなくなる。
そんなことを考えつつ、ルーファスがお茶を飲んでいれば。不意に部屋の扉が三回ノックされた。
だからこそ、静かに「どうぞ」と返す。こういうときに訪ねてくるのは、一人しかいない。
予想通りと言うべきか。その人物は「ルーカス」とルーファスの本名を呼んだ。そのため、ぎこちなく笑う。
「ここでは、本名を呼ばないでほしいな」
「俺にとって、お前はルーカスだよ。これまでも、これからも、な」
肩をすくめながらそう言ってくれる彼――ブラムに向かって、ルーファスは手招きをした。
「全く、お前には敵わないな」
ブラム・フォルスト。
それが、彼の名前である。ルーファスと二枚看板としてこの『アシュベリー』を支えている、大人気舞台俳優。それが、彼だ。
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