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玄雲は重く垂れ込めて、枯れ渡る草原を暮色が覆っていく。
荊を装う城門に暗く冷たい冬の風がまきつくと、灯火の揺れる都の上を、ビュッと吹き抜けた。
粉塵をまとう鳥の、鋭い声が響く。
その翼をおうのは、哀しげに響く琴の音色であった。
豊かな香りが漏れ出す門の内、闇夜に塗られた緑の影に、開け放たれた窓がある。風になびく燭の灯火が、壁際に火影を切々と迫らせ人影を落としていた。
明椿林である。
彼は香煙一穂のもと、琴に傾き、薄く、氷を張った水面に浮かぶはなびらをさらうような指使いで、古代の哀愁譜を奏でていた。
哀調を帯びる糸の音色には、天も雪にしぐれて枯れ山が白く染まるほど。また、すでに失われた故譜を擬えれば、氷の下の禽鱗も耳を澄ませて太古の香りに耽り、静かに涙を零した。
斑に瓦を染めていく夜の極みに、町を彷徨い歩く男の耳が、明椿林の胸の痛みをとらえる。
――何をそんなに悲しむようなことがある。
倒れ伏す明椿林に、彼は重苦しく息をつく。
首筋を流れる黒い髪の間から、金の耳飾りが、消え残った火影の鈍い光りを弾いて揺れていた。その傍らを見れば、塞がるような憂いを払おうと努力したらしい。何本もの酒瓶が転がっている。
彼は睡そうな目をして、霜の降りるような琴に、なおも指を滑らせた。
「志を、同じくして励んでいた……。友だった」
酒に濡れた唇は桃色に滴り、涙の痕が残る頬は杏色に咲き匂う。ゆったりと蕾を吹くようにして手繰る声は、闇夜を慈しむように静かであった。
互いに排行で呼びあい、かつては彼をこの小さな居宅へよぶほどの仲。酒を飲みつつ、たわいない話を交わしたもの。
そのすべての思い出が、雪のにおいの立ちこめるこの小さな部屋に、鋭い気配を含んで満ちているようだった。
寂しさを怺える襟は濡れ、酒中花の乱れとともに衣は一段と開けていく。用意した酒瓶の数よりも、遙かに大量の瓶が増えていることさえ深酒の所為と思い、明椿林はそのままぐっすりと眠り込んでしまった。
――――――
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