71話 筋トレ

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71話 筋トレ

 彼が勢いよく開けると、僕の姿マジマジと見つめて直ぐにカーテンを閉めた。少し顔が赤かったけど、どうしたんだろう。  日本は三月だけど、ハワイは暑いもんね。熱中症にならないようにしないとね。そう思ったら、カーテンの隙間から半袖の上着を渡された。 「これは?」 「その水着を買うけど、日焼け防止にこれ着て」 「えー、暑いよ」 「日差しを舐めるな! 湊の綺麗な肌が、日焼けしたら! 俺は!」  そんなことを大きな声で言うものだから、周りからクスクスと笑い声が聞こえてくる。僕は急激に恥ずかしくなって、上着を受け取って宥めることにした。 「分かったから、そんなに大きな声出さないで」 「そうか、他の水着返してくるから」  僕は半袖の上着を着て、カーテンを開けて水着を渡す。すると咳払いをした彼に、上着のチャックを上まで上げられた。  そしてストライプ柄の半ズボンを渡されたから、変に思いつつもそれを履く。その様子を見て、嬉しそうにしていた。  変なのと思っていると、彼は水着を元に戻していた。僕の靴が黒色の新品の、ビーチサンダルに変えられていた。  彼を見ると店員さんと何やら、談笑してお金を払っていた。何を話しているのか、この距離じゃ分からないけど……。  少し嫌だなと思って、彼の元に駆け寄っていく。そして彼の腕に組んで、話しかける。 「お金払ったなら、行こう」 「おう、じゃあな」 「うん、湊さんも結婚おめでとう」  僕は少し不思議に思いつつも、頭を下げてお店を後にする。僕はどうしても気になって、彼に聞いてみる。 「あのさ、今の人。知り合い?」 「取引先の人の奥さんだよ。湊、会ったことあると思うけど」  そういえば……会ったことあるような。なんか楽しそうにしているのが、イラッとしてしまった。  そのせいで、全く気が付かなかった。考えてみたらアメリカ人さんなのに、日本語だったし……。  僕とても、失礼なことしたような気がする。自己嫌悪に陥っていると、歩みを止めて声をかけられた。 「湊、顔上げて」 「えっ……うわあ、綺麗」  一面に広がる青くで美しい海を見て、僕は無我夢中で走り出す。海に入ると少し冷たかったけど、気持ちいいなと思う。  そんな時に、前から抱きしめられた。耳元で囁かれて、少しくすぐったくて体がビクンとした。 「湊、さっきのことは気にするな」 「でも、失礼な態度だったよね」 「嫉妬してくれたんでしょ。嬉しい」 「嫉妬? あー、なるほど」 「気が付いてなかったのか……」  そっか嫉妬してたのか……彼に指摘されて、嫉妬してたことに気がついた。話しているだけで、嫉妬するとか僕って器小さいのかな。  でも新婚旅行中だし……僕以外と仲良さげしていると、気分は良く無いよね。でも呆れられてしまうかもしれない。  そう思っていると、腰を支えられて顎をクイッと上げられた。優しく微笑まれて、それだけでどうでも良くなってしまう。  それはそれとして、周りから見られている。そのことに気がついて、彼の腕を引いて歩き出す。 「どこ行こうか」 「お腹空いた」 「確かにな……バーガーでいいか」 「うん、アメリカって感じがする」  僕がそう言うとクスリと笑われて、その笑顔が綺麗だった。彼のオススメの、バーガーショップに連れて行かれる。 「チーズが入ったやつがいい」 「俺はエビだな」  僕はチーズバーガー、彼はエビバーガーを頼んだ。飲み物は僕がコーンスープ、彼はコーラを頼んでいた。  デカいのが来て、僕は少し驚いてしまう。大きいって聞いたことあるけど、こんなに大きいのね。  中にパインが入っていて、日本のとは違うんだね。美味しいけど、こんなに食べれるかな。 「美味か」 「うん、美味しいよ。でも、こんなに食べれるかな」 「大丈夫。ゆっくり食べて」  優しく微笑まれて、途端に恥ずかしくなってしまう。彼もエビバーガーを食べ始めていて、それだけなのに……。  CMみたいでイケメンって、ズルいなって思った。何をしても絵になっていて、僕以外に見せたく無いと思ってしまう。  見つめていると、僕の視線に気がついたのか……。ニコリと微笑んでいて、それがカッコよくて直視出来ない。 「一口食べるか」 「いいの」 「食べたそうにしてたから」 「違うけど、食べる」  口元にエビバーガーを差し出されたから、パクリと食べる。エビの香りがふわあと広がってきて、美味しかった。  モグモグしていると、そんな僕を彼が愛おしそうに見つめてくる。急に恥ずかしくなって、彼に僕の食べてたチーズバーガーを食べさせる。 「こっちも美味しいよ」 「ああ、頂くよ」  パクリと食べていて、こっちを見て微笑んでくれた。なんか可愛くて、ずっと見たくなってくる。  僕たちは少し時間をかけて、食事を済ました。それから腹ごなしに、海辺を散歩することになった。  時間も夕方になってきて、人も少なくなって来ていた。僕たちは手を繋いで、ゆっくりと散歩している。 「美味しかったね」 「ああ、今度はポテも食べようか」 「うん、でもその時はハンバーガー分けて食べよ。なかなかに辛い」 「湊は少食だからな」 「そうかな?」  僕は自分でもそんなに、食べない方だとは思うけど……体の大きさが違うからか、彼は僕以上に食べるから。  身長差もあるし、筋肉も違うから当たり前かもだけど。彼の腕と自分の腕見比べると、だいぶ違って見える。  彼のはいかにも筋肉質って感じで、僕のは貧相というか貧弱だった。僕も筋肉つけたいなと、思って軽い気持ちで呟いた。 「僕も筋トレしよっかな」 「なんで?」 「花楓と腕の太さが違うから」 「いいよ、鍛えなくて」 「えっ……」  急に歩かなくなったから、彼の方を見ると何やら微笑んでいた。その表情に見惚れていると、急に前から抱き抱えられた。  僕が驚いていると、嬉しそうに微笑んでいた。構図的に僕が、見下ろす形になっていた。 「かえ」 「湊が筋肉ついたら、これもお姫様抱っこだって出来なくなる」 「そんなに重要?」 「ああ、俺にとっては最優先事項」 「分かったよ。筋トレしないから、降ろして」  僕がそう言うと優しく微笑んで、静かに降ろしてくれた。そのまま抱きついたままで、上を見上げて見つめ合う。  そこまで僕に筋肉つけられたら、困るのかな? 自慢じゃないけど、多分僕は筋肉つかないと思う。  昔から筋トレしても、全くと言っていいほどつかないから。筋肉も肉もつかなくて、高校生の時に諦めたから。 「筋トレしても、僕はつかないと思うよ」 「筋トレして、湊にカッコいいって思ってもらうのは俺の特権だから」
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