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「余はそれが正しきことなのだと考える。シェへラザードよ。そなたはどう思う?」 シェへラザードの命を握る王が、彼女に意見を求めるのは滑稽に映った。 「モルテザこそ姫が欲する勇者。そのように感じます」 高官達の間にざわめきが生じた。青い瞳に幻惑される。全てが曖昧模糊としている。森の謎を突き止めるのが自分でなければならない理由からして森の奥に求めることになってしまうという矛盾。奥に進んだ者は一人も戻らなかったのなら命懸けの使命となる。 生きて戻れば歴史に名を刻まれるだろう。臆しはしない。だが首肯するには背中を強く押す材料がもっと欲しかった。 美姫も、眠り続ける理由も称賛も褒美よりも、モルテザが今、真に求める物は目の前にある青い宝石なのだ。手を伸ばせば届く所にあるのに、最も得難い麗玉。それさえ手に入れば何もいらず、それさえ手に入るならば命も惜しくなかった。 「どうした? 勇者よ。ジャリルを倒した男、七つのターコイズを持つ男よ。シェへラザードがそなたこそ選ばれし者と申しておるぞ。臆したか」 王が発破をかける。それでもモルテザは返答を渋った。 王都に戻れなければ誰がシェへラザードを蜘蛛の巣から解き放つというのか。王の口から勇者と言わしめたとて、シャフリヤール王を倒せる勇者はいない。勇者というのは王が定めた称号でしかなく、今の自分にとってその称号には何の価値もなかった。 真の勇者ならば、か弱い乙女達を毎夜犯し翌朝には殺してしまうような狂王こそアンラの化身と憎み刃を向けるだろう。真の勇者ならば、アフラの恩恵の光が降り注ぎ、今すぐにでもシェへラザードを捕らえる鎖を絶ち斬る剣が落ちてくるだろう。 だが、そんな奇跡は起こる気配はない。王という称号を生まれながら咥えてきた男は、指先一つで自分の首を落とせる力を持っているのだ。
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