勇者 1

1/2
27人が本棚に入れています
本棚に追加
/165ページ

勇者 1

宝石を散りばめた腰下まで流れる黒髪は、飛沫を上げる滝のような潤いと光沢を放っていた。 炎を灯したランプを捧げる女性の動きに合わせ、黒髪より長く床まで垂れる絹の衣に優美な襞が描かれる。黄金の装飾を施した扉の前に女性が立つと、奴隷達が恭しく頭を下げ左右に開かれた。 「シェヘラザード」 複雑な紋様が織り込まれた絨毯の上で寛ぐ男が彼女の名を呼んだ。扉の奥に広がる部屋は金、銀、宝石と眩いばかりで、彩飾と彫刻で贅の限りが尽くされている。寝台に掛かる垂れ幕は絹織物で、東方の国の産であろうか。シェヘラザードはパルディーゼ国王、シャフリヤールの傍らに優雅に腰をしならせ身を寄せた。 「ああ、今宵も美しい。千の星と月、世界中の宝石を集めても、そなたの美しさには及ばない」 陶器よりも滑らかな頬から首筋に指の腹を馴染ませながら美辞麗句を耳に注ぎ込む。妖艶、美麗、典雅。美女という称号はシェヘラザードにこそ相応しい。柘榴色の唇をほころばせ薄衣をひるがえすと、シェヘラザードは大理石の机の上に置かれた瑠璃杯に葡萄酒を注いだ。 「王様の栄光こそ千の星の輝き、月や宝石をいくら集めたところで敵いませんわ」 鴉の濡羽色の睫毛に縁取られた瞳は、この世で最も美しい海の色を閉じ込めたサファイアのようだ。彼女は国王の寵愛を一身に受ける妃でありながら妃ではない。その事情には残酷な盲信と豪胆な知略が絡んでいた。      
/165ページ

最初のコメントを投稿しよう!