春のイタズラ

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娘の谷口陽毬(ひまり)はポロポロと涙を流し、黙り込んでいた。 夫の(はじめ)くんと、近くに住んでいるワシの家に帰って来ている。 ワシは林武史(たけし)。陽毬の父親だ。 陽毬の泣いている原因は、お腹にいた赤ちゃんが、星になってしまった事だった。 ちょうど4月の1日、「母さん、今年も春を迎えたね」と仏壇の嫁に手を合わせた所に、創くんから連絡を貰い、病院にいった所、すでに処置が終わり、陽毬は大号泣していた。 なんとか落ち着かせようと肩に手を乗せたが、振り払われて「もう、赤ちゃんは、作らない!」と叫んだ。 ……妊娠しにくい体になってしまったらしい。 一度、とりあえずワシのすむ実家(ここ)に戻って休養しているワケだが、陽毬の笑顔は、なかなか見られない。 創くんもしばらく、うちから出勤してくれた。 1ヶ月ほどしてようやく、陽毬は少しずつ笑顔を取り戻し、自分から「元気にならなきゃね…」と言うようになった。 ただ、陽毬は自分の心を隠し、元気に見せようとする所がある。 それを知っているだけに心配だった。 孫を抱く事をしてみたかったが、赤ちゃんを授かるのは、縁だ。 陽毬のせいでも、誰のせいでもない。 そのうち、陽毬は創くんと自宅へ戻り、近くのスーパーで働くようになった。 仲間に恵まれ、楽しく働き、創くんとも仲良しで、ワシの家にも帰って来ては、笑顔で面白い話をしてくれる。 悲しいことがあったけれど、よくぞ乗り越えて、かわいい笑顔を見せてくれるようになった。 さすが、ワシの子供だ、陽毬!と親バカかも知れないがそう思っていた。勿論、内心。 それから6年。 春が来た。 歳を取るのは早い。陽毬や創くんも30歳になり、ワシも60歳を超えた。 「60を超えると、一気に動きが鈍くなり、あちこち痛いよ」なんて、仏壇の母さんに話していると、インターホンが鳴る。 陽毬と、創くんだ。 今日、来ると約束していたので、いそいそと玄関まで迎えに出る。
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