プロローグ

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プロローグ

  ふぅぅ……  ──夢は潰えた──  喫煙所のベンチに座り上空に向けて煙を吐いた。 「あいつも暫く仕事に身が入らないだろうな。そして俺も……」  もう一度、煙を吸い込み吐き出す。久しぶりの雨だ。 「涙雨ってやつか」  桜井誠(さくらいまこと)はタバコを焦がした後、吸い殻を捻り灰皿に投げ入れた。 「案外俺も脆いもんだな」  空を見上げ雨足が強くなる空を睨んでいると男がトボトボとトボトボと歩いて近づいて来た。雨で濡れるのも気にしない。 「──!?」 その男は桜井に気づき立ち止まり軽く会釈した。このテラスヒューマニティの中で誰よりも強いショックを受けたであろうその瞳は赤く腫れ上がり精気を失っていた。この男にとって良き上司であり、そして良き相棒を失ったからだ。 「おい!」  低い声で桜井は突っ立ている男に声をかけた。 「専務、お疲れ様です」  精気のない顔をした黒木光明(くろきみつあき)は返事をして俯きポケットからタバコを取り出した。 「最近タバコが不味いのになんで止められないんでしょうね」  タバコを咥えて火を点け煙を吸い込み吐き出す。ただ一連の流れを繰り返す。機械のような表情は言葉にならない。 「まだ、プロジェクト始まったばっかりだろ?」 「そうですね」  黒木は小さく答え肩をすぼめた。煮えきれない態度に桜井は強い口調で尋ねた。 「なぁ、黒木。お前にとって神崎はどんな存在だった?」  吸うつもりはなかったが桜井は二本目に火を点けた。 「最高の上司でした。なんていうか……その、うまく言えないんですけど……」  黒木は言葉を飲んだ。桜井はもう一度肺に煙を入れ吐き出した。 「なぁ、お前は最高の上司を失った。そうだよな?」 「はい、その通りです」 「俺もな、最高の部下を失ったんだよ」 「そうですよね。確かに」  桜井は捲し立てるように続けた。 「大袈裟に言ったら最高の相棒を失った。違うか?」 「相棒?」  考えもしなかった。ドラマのようなトレンディーなものではなかったが、確かに相棒だった。黒木は深く頷いた。  桜井は覇気のない黒木と対峙し無性に伝えたい衝動に駆られた。 「俺には夢があったんだよ」 「専務の夢ですか?」  無気力な目で桜井を見た。 「そうだ。この会社での夢だったがな。俺は神崎を俺の立場まで引き上げたかった。つまりこの会社で経営者として肩を並べさせたかった」 「経営者ですか?」 「俺が退職するまでになんとかこのテラスヒューマニティの経営を担える男にしたかった」  生気のない目をした黒木が一瞬鋭い目に変わった。食い入るように桜井の話に耳を傾けた。 「でも叶わなくなっちまった。あいつが死んじまってさぁ。夢はこの煙みたいにパァだ」  桜井は煙を吐き出した。煙が拡散し上空に舞いながら消えていく。 「そうですね。パァになりましたね。本部長は死んでしまったから」  黒木の目はまた無気力なものに戻る。形のないものが頭を巡った。 「私の夢はなんだったのかも分からなくなりましたよ」  黒木は溜め息をついて続けた。 「夢なんて消えちゃいました。神崎本部長みたいな男になりたいって夢がありましたけど」  黒木の理想は神崎だった。あんな男になりたい。この人と肩を並べて一緒に仕事をしたい。そして追い越し成長したなと言われたい。しかし、その夢は突然消えた。  黒木は肩を竦めてみせた。時計を見る黒木。そろそろ仕事に戻らなければいけない時間になり、タバコを揉みを消した。 「専務、そろそろ仕事に戻りますね」  頭を下げ肩を落としたまま踵を返し戻ろうとする黒木。桜井は気掛かりになり黒木を呼び止めた。
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