世界で一番誠実な国

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/ 「ニーナ? ニーナ!」 「ん……お兄ちゃん? そっか。確か私、急にめまいがして……」 「ニーナ、どこも痛まないか? 大丈夫なのか?」 「大丈夫。もう、大袈裟なんだから」  病院に運び込まれたニーナはすぐに目を覚ました。いつもと何ら変わらぬ笑顔に、酷く動転していたアレンもほっと胸を撫で下ろした。  ところがその後、なぜかアレン一人が医師から別室に呼び出され、ニーナの病状を告げられた。そしてその内容が彼を絶望の淵へと叩き落とした。  ニーナがかかったのは脳神経系の非常に珍しい病で、当時の技術では治療もままならない不治の難病だった。  症状としては意識障害や視力の低下に始まり、全身の運動機能低下、感覚障害などを次々と引き起こし、最終的には高確率で死に至るという。  アレンはそれはもう強く、神を呪った。神よ、なぜ誠実に生きているニーナに、このような運命を与えたのか。なぜ!  視力が低下し、手も動かず、味覚まで失う。それは彼女の「宮廷料理人」という夢が永劫叶わなくなることを意味する。なぜ、彼女から大好きな料理を奪うのか! おぉ、神よ! と。  どうしてもニーナにこの残酷な事実を伝えることができず、何事もないように振る舞い続けたアレン。  それでも病は容赦なくニーナの身体を蝕み、次第に症状が明るみになってゆく。  ニーナ自身も、いつのまにか倒れて気付いたらベッドの上なんてことが増えるにつれ、疑問を抱き始めた。 「ねぇお兄ちゃん……私の病気は、なんなの? ただの立ちくらみじゃないんでしょう?」  ある日とうとうニーナは兄に尋ねた。これまでのらりくらりとかわしてきたアレンだったが、尋ねられた以上は「誠実に」答えなければならない。それがこの国で生きる者の宿命。  アレンは歯を食いしばり、唇の端に血をじわりと滲ませながら、病気のことをニーナ本人に説明した。 「そっか。私、料理人には、なれないんだ」  ぼろぼろと大粒の涙を流すニーナを見ながら、アレンは初めて誠実であることをやめたいと思った。
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