39年前(影山一族前日談2)

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第2章 かんざし  私はそれから常葉の影山さんを北町の影山さんのお宅に案内した。2人は同じ影山だったが、面識はなかった。遠い親戚なのかもしれないと言っていたが、それも不確かだった。 「ゆきさん、申し訳ない」 「いいえ、かんざしのお話は私が高橋さんに以前見立てをしていただいたものですから、それがこのように新しい発見があって私も嬉しいです」 「そう言っていただけると私も嬉しいです」  ゆきさんは私より少し年少で、彼女の母親が私の母と仲が良かった。それで私も彼女を知ることになったのだが、そもそも三春はそれほど広い町ではなかったので、彼女が母親に連れられて私の店に来る前から彼女のことは知っていた。 それは彼女が町一番の美しい娘だということで若い男なら知らない者が誰もいなかったからだ。勿論美しいのはその外見だけではなかった、その優しい物腰が彼女と触れ合う誰をも魅了したのだった。 ただ残念なことが1つだけあった。それは彼女には親が決めた許婚がいたことだった。その相手は荒町の大内惣吉という男だった。それで彼女に恋心を抱いても仕方のないことだったのだ。 「早速ですがゆきさん、あのかんざしを見せていただけますか?」 「はい。いまお持ちします。それからあの半紙に写し取ったものもお持ちした方がよろしいですよね?」 「はい。お手数お掛けします」  私たちは彼女の家の門で彼女を待つと、少しして彼女がかんざしと半紙を持って出て来た。私は彼女からそれを受け取ると先ず半紙を彼に手渡した。 「影山さん、見てください。あなたがお持ちのツバにある紋とそっくりでしょう」 「確かにそうですね」  その半紙には以前私がゆきさんのかんざしから写し取った鳥と木瓜の図があった。私はそこに描かれたものが鳥ではなく鳩だという認識を持って再び覗き込むとそれは単なる鳥ではなく、紛れもなく鳩だった。 「ゆきさん、こちらの影山さんの所有されているツバを是非見てください」  次に私は彼からそのツバを受け取って、それをゆきさんに手渡した。 「本当ですね。私のかんざしに刻まれている模様と瓜二つですね」 「ゆきさんのかんざしからは、それが鳥だと思われたのですが、そのツバを見ると、鳥というよりも鳩に見えませんか?」 「はい。確かに言われる通りです」  私はお二人にそれらに刻まれた文様が同一だと認められて何故かほっとした。 「すると私たち同じ影山ですし、やっぱり親戚なのかしら」 「その確率が高いですね」  するとゆきさんが笑った。それから彼が笑った。それで私もつられて笑った。 「しかしそうだとして、この鳩と木瓜の文様にどんな意味があるかですね。しかもどうしてツバとかんざしに刻まれているのでしょうか」  笑いがおさまったところで彼が私を見てそう尋ねた。しかしそう尋ねられても私には皆目見当がつかなかった。するとその時私はあることを思い出していた。それは以前、ゆきさんからそのかんざしを見せられた時のことだった。あれこれ調べ回ったところ、町の図書館の橋本館長から、鳩と木瓜の判じ絵が描かれた文献があるという話を聞かされていたのだった。 「橋本さん、鳩ではなくて鳥なんです。しかも、判じ絵ではなくてかんざしなんです」  その時私はそう言って無下にその指摘を聞き流してしまっていた。ところが今回常葉の影山さんが私に見せに来たものは、判じ絵ではなかったが、まさにその鳩と木瓜が刻まれたものだったのだ。 「少しお時間を頂けないですか。古い文献を当たればもしかしたらこれについて何か書かれているものがあるかもしれないので」 「わかりました。宜しくお願いします」  私は彼にそう言って少し猶予をもらうことにした。そしてこれから橋本館長に会って、以前館長が話していた古い文献を見せてもらおうと思った。 「一緒に行かれますか?」 「私はもう少しゆきさんと話をしたいのですが」 私は彼に同行を求めたがどうやら彼はゆきさんと話をする方を選んだようだった。彼女には許婚がいるのだからあまり深入りしない方がいいですよと言いそうになったが、余計なお世話だと思ってそれは言わないでおいた。 私は2人と別れると早速目的地へ向かった。そして橋本館長に挨拶をすると、図書館の脇に建てられた歴史民俗資料収納庫へ案内してもらった。そこは木造の建物で、幾分腐りかけていた。館長が入口の引き戸に掛けられた鍵を開けて中に入ろうとしたが、戸が何かに引っ掛かってなかなか開かなかった。それでも力を込めてその戸をガタガタゆすっていると、そのうちに中で何かが崩れた音がして、ようやくそれが開いた。 「もうずっと閉めたままだったので」  館長は恥ずかしそうにそう言ったが私はその戸の奥に広がったごみ溜めのような光景に既に辟易していた。 「高橋さんが確認したいと言うのは前に私がお話しした鳩と木瓜の判じ絵ですよね?」 「はい。前に橋本さんから、それが書かれた文献がここにあると聞いていたので」 「確か『三春天正縁起』という題の書物だったと思います」 「それがこの中にあるんですね?」 「はい。なんでもかんでも古いものはこの中にしまってありますので」  私は目の前の光景を見て、しまうと言うよりも、放り込むと言う方がふさわしいような気がした。 「今手伝ってくれる職員を呼びますから少し待っていてもらえますか?」  館長はそう言うとそこに私一人を残して図書館の中に戻って行った。しかしその職員が現れたのはそれから30分も経ってからだった。 「すみません。遅くなりました」 「いいえ」 「ここの捜し物となると今日はこれでおしまいになってしまいますから、今日やらなくてはいけない仕事を片づけるのに手間取ってしまって」  私はそういうことかと彼の話を聞いて納得した。
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