花咲か博士

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「ついに完成した……」 四季博士は長い研究の末、これまでにない画期的な薬を完成させた。 その薬はいつでも、好きなときに、自由に 「」を咲かせることができるというもの。 博士は小学生の頃に読んだ「花咲かじいさん」の話に夢中になり、 いつか童話の世界を実現させてみたいと思い、科学者になったのだ。 あんなに美しい桜が、1年にたった1週間しか 咲かないなんてもったいない。 もし1年中咲いていたらもっと美しいのに、 と小さな頃からずっと考えていた。 その長年の願いがようやく叶ったのだ。 つぼみも何もついていない桜の木に、 真っ白な粉状の薬をパラパラと振りかけるだけで、 急速につぼみが実り始め、花を咲かせる。 個体差はあるのものの、だいたい1週間ほどで満開になる。 「よし!せっかくだから量産しよう。 こんなに良いものを独り占めするのはもったいない」 博士はこの薬の製造方法を惜しげもなく公開した。 メーカーはこぞって薬を商品化し、 桜のある道路や公園を管理する国や自治体などに販売。 公園では毎日のように花見の宴会が開かれ、 つねに賑わいを見せている。 これまでタイミングが合わず、花見を逃していた人たちも、 いつでも花見が楽しめるとあってとても喜んでいた。 街中が華やかなピンク色に染まりだした。 「夏に花見なんて不思議ね」 「雪の白と桜のピンクのコントラストがキレイ」 季節外れの珍しい桜に、みんなが心を奪われていた。 博士は現代の「花咲かじいさん」として、 世界から称賛され、一躍有名人になった。 科学とは本来、人を笑顔にするためにあるのだ。 博士はこの結果にとても満足していた。 たが、次第に桜の様子がおかしくなっていった。 薬を開発してからわずか1年半、 夏も秋も冬も、年中咲いていた桜が、徐々に枯れ始め、 薬をかけても満開にならないのだ。 かろうじて咲いている木もあるが、 中にはつぼみすらつけないものも出てきた。 幹も痩せ細ってきているようにも見える。 博士はすぐに桜の調査を開始した。 「いったいこれは、どういうことなんだ……」 花が咲かなくなった桜を調べてみると、年輪が異常に増えている。 1年でなんと50年以上も成長しているようだ。 四季博士が開発した薬は、 花を咲かせる薬などではなく、 桜の1年を1週間に無理やり短縮させてしまう超強力な成長薬だった。 ソメイヨシノの寿命はだいたい60年ほど。 桜は残りの寿命をたった1年ほどで使い果たしたのである。 「自然をおもちゃのように扱うなんて、私はなんて愚かだったんだ……」 博士はがっくりと肩を落とし、 手元に唯一残った小さな苗木を、自宅の庭にそっと植えた。
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