流されて

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 武琉さんは左手で野菜を持ち、一つ、また一つと神妙な顔つきで作業台の上に置いていく。  それらの野菜は私が果物ナイフでぶった切った数々だった。一つとして同じ形、大きさがないのが、かえって味があってよいと武琉さんに褒められた。 「よし、これでいくか」  アトリエの作業台の上に野菜の枯山水が完成した。様々な野菜達が絶妙な配置でこちらを見ているようだった。 「うーむ、やっぱり砂は必須だな。何で表現するか……」 「小豆はどうでしょう? 武琉さん」 「小豆? 小豆を敷き詰めてと……、うん、いいねぇ。冴えてる優真ちゃん」 「えへへ。あと…胡麻とか? ちょっと、細かすぎるかな」 「いやっ、おもしろい! 両方使おう」  武琉さんは興奮気味に言うと、左手で私の手を握ってブンブンと揺らす。おまけに、満面の笑みで私の顔を覗き込むのだ。  これでなんとか乗り切れそうだと思い、私は安堵した。だけど、それだけじゃなかった。驚くことに、以前の私だったら武琉さんに手を握られ、喜んでもらえたのだから嬉しかったと思うのだが、今は違った。なんだか、私は手を引っ込めたい気がする…… 「よし。小豆と胡麻は現地で買おう。優真ちゃん、写真撮って」 「え?」 「現地で写真を見ながら再現するわけだからさ」 「ああ、はい……」  私はこれで終わりだと思いたかったが、そうか、これはこのまま運べないわけだ。手間がかかるな……  武琉さんは片手だから、スマホで写真を撮ることができない。私は言われた通り、あらゆる方向から野菜の枯山水の写真を撮った。 「それじゃあ、野菜を梱包して車に積むから。運転は頼むよ」 「は? 運転?」 「そうだよ。俺、片手じゃ運転できないじゃん。優真ちゃん、免許持ってるんでしょ?」 「あ、あたし、ペーパー……」  その時になって、武琉さんはぎょっとした顔になる。 「ま、まさか、ペーパードライバーってやつか?!」 「そ、そう! ど、どうしよ…。運べない、間に合わない…」  すると、武琉さんは作業台とは別の机の上にあるスマホを操作し、電話をかけた。相手は女で、武琉さんは運転を頼んでいる。スピーカーになっているので丸聞こえだ。突然の電話であるし、かなり無茶なお願いなのに、女は気軽な感じで引き受けた。  よかった。私は肩の荷がおり、ふうっと息を吐く。これで、帰れる。今からアパートに帰って仮眠して、午後から仕事に行けるな。  私が帰り支度を始めると、武琉さんは引き止めにかかってきた。それでも、私が帰ろうとすると、私の手を握って。    「会場で手がいるから、優真ちゃんまだいて? ね?」  29歳だというのに、武琉さんはかわいくお願いしてくる。はあ、まったく……
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