雪の日

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雪の日

「蛍、そんなに泣かないでお目目とけちゃうよ」 クリスマスが終わり、世間はもう新年へ向けて別の賑わいを見せていた。 丁度クリスマスが終わった日から降り続ける雪で辺り一面が白く染る中、その景色に溶け込むようにある大きな建物、県内で一番大きな病院がある。面会時間中で一番賑やかな時間帯、そんな院内の小児病棟の一室で幼い子供の鳴き声とそれを宥める同じく子供の声が聞こえる。 「……ッ、だって、ぼくのせいでみんな、いけなくなっちゃった……」 「ちがうって、雪ふっててさむいからこんどにしようってオレが言ったんだよ」 「そうだよー、皆いっしょじゃないと楽しくないしね」 花ノ宮兄弟は小学校も冬休みに入る為、以前から家族で話し合いテーマパークへ行くことになっていた。 が、しかし冬休みに入る数日まえから急激に冷え込み、そのせいか蛍は体調を崩してしまった。発熱が続き、特に咳が酷かったので終了式を待たずして入院する事になり、数日たった今では熱は引いたものの咳がまだ続いてる為落ち着くまで様子を見る事になっている。 そして現在、回復してきた事で思考できるようになった蛍は「自分のせいで予定が潰れた」と申し訳なさ半分、楽しみにしてたのにと落胆半分で兄二人の前でグズっていた。一緒にお見舞いに来た母親は担当医と共に席を外している。 「大丈夫だよー蛍、またお天気いい日にみんなで行こう?」 「だっ、てぇ、まえもいけなかった、げほ……っからまたおんなじになっちゃう」 泣きすぎたのか、苦しそうに肩を上下させながら話す様子は痛々しい。涙を拭いながら声をかけ続ける空と、あまり喋りはしないものの優は蛍の隣でずっと背中を摩っている。 「お医者さんいってたよ、蛍は今ちょっとだけ病気になりやすいけど、おっきくなったら今より元気になれるって」 「……そうだけど」 今じゃないと意味が無いじゃないかと不満げな弟に兄は続ける。 「それにね、オレ大人になったらお医者さんになるから、そしたらいっしょにどこでも行けるよ。蛍のことずっとみててあげる」 「ずっと……?」 はじめて俯いたままだった顔をあげて目が合う、大きな目の縁にはすぐに零れそうな程の雫がキラキラしている。 「けほ、けほっ……空くんお医者さんになるの?」 「うん、蛍のお医者さんになるよ、ずっと一番だったらなれるってお父さん言ってた。だからね、オレがんばるから蛍は大丈夫だよ、優もいるし」 「優くんは、おっきくなったらなにになるの?」 話題が移り蛍の気もそれ落ち着いたが優はそばを離れることなく口を開く。 「きめてない、けど休みのおおいしごとがいい」 蛍「おやすみ?どうして?」 優「なんかあったらすぐ蛍のとこいける」 空「あ、優それズルい」 優「オレが蛍つれておまえの病院いってやるよ」 やいやい言い合う二人に今日初めて蛍は笑った。兄たちもほっとしたように蛍を見る。泣き跡こそ残っているがその目はもう潤んではいない。 「蛍は?なにになるの」 「ぼく?んー、……」 清潔そうなシーツを弄りながら黙り込む。しばらくそうしていたが伺うように目線を上げ口を開いた。 「わかんない、けど、ぼくにもなにかできるのかな……」 「できるよ、蛍がやりたいことやればいいんだよ」 「蛍もまだきまってないならおっきくなってからきめてもいいだろ、空もあとからかわるかもだし」 「オレけっこう”いちず”なんだよ?」 「いちず」ってなに?と、しばらく仲良く話していれば部屋の扉が静かに開かれる。 「あら、楽しそうね。」 嬉しそうに顔を綻ばせる母親の姿があった。その柔らかい雰囲気は、まだ幼い空にも遺伝していることが良くわかる。 「今ね、大人になったらなにになりたい?って話してたの」 「良いわねぇ、あなた達の将来の夢ならお父さんもお母さんも全力で応援しちゃう!」 それとね、それでね、と続こうとする子供たちに母は眉を落とす。 「お母さんもまだお話足りないけど、今日はもう面会時間終わっちゃうの。また明日にしましょう?」 本当に話し足りないッ、全ッ然蛍ちゃんと話せてないッ、と内心未練タラタラではあるが流石にまだ小さな子供の前で駄々をこねる様なことはしなかった。 「もう帰んなきゃか」 「また明日くるね」 名残惜しいのは兄たちも同じであるが、自分が不満を漏らして蛍の不安を助長するのを避けたいという兄心だ。そんな二人を見て母は息をすることを忘れ胸を押さえている。尊い、を身をもって体感していた。 「うん、だいじょうぶだよ。またあしたね」 笑顔を作り三人に手を振る蛍。本当に渋々といった様子で病室を出ていくのを見届けてから手を下ろした。 一気に静かになった部屋が少し不気味で、モゾモゾと頭まで布団に潜り込み中で丸まる。蛍は楽しい時間ほど早く過ぎていくことを何度も身も持って実感している。 「先生はすきだけど、やっぱり病院すきじゃない……」 早く明日になればいいなと思いながら、体温の移った毛布が心地よくていつの間にか静かに目を閉じていた。 「ねぇ、お母さん」 「なあに?」 「お母さんは子供のときなにになりたかったの?」 「お母さんにもこどものときってあったの?」 母親は見上げてくる二人の澄んだ瞳を目を細め見つめ返した。 「もちろん、赤ちゃんの頃だってあったわよ。そうねぇ、二人位のときはケーキ屋さんとかお姫様になりたいって言ったこともあったかなぁ」 「ふーん……じゃあお母さんの作るおかしおいしいし」 「お姫さまよりかわいいから、夢かなってるね」 「……ッ!空ちゃん!優ちゃん!」 これは我慢のしようがない、と母親は思いっきり二人の愛おしい息子を抱きしめた。
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