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“成瀬の秘密 他言無用”
その日わたしは、机の中に差出人不明の手紙があることに気づいた。
宛名も差出人もない、真っ白な封筒。封はされていなかった。
(誰かが間違えて入れた……?)
手がかりを求めて、私は中から便箋を取り出す。
そこに誰かの名前があれば、それ以上中身を読まず、該当の相手に渡すつもりだった。
だが、書かれていたのは「成瀬の秘密 他言無用」の文字。
わたしは息を殺して、その先の文字を目で追ってしまったのだ。
* * *
わたしは別段、SとMでいうところのSではないと思って十七歳まで生きてきた。
他人を言葉攻めしたり道具で苛めたり、精神的に隷属させて快感を覚える趣味嗜好性癖は特にない。
そのつもりだったのだけど。
毎回わたしを学年二位にしてくれる、目の上のこぶの生徒会長殿が。
“成瀬は著しい被虐趣味の持ち主である”
“強く出られると、相手に服従してしまう性質なのだ”
“常に自分を従え、使役してくれる御主人様を求めている”
という、真偽不明の事実が羅列されている手紙を受け取ってしまったわけである。
(ま、試すよね。試して損はないわけですし)
もともと別に仲は良くないので、「御主人様仕草」を試した結果、嫌われようが軽蔑されようが一向に構わない。
唯一、きょとんとされたときは辛いと思う。
自分が馬鹿みたいに思えるだろうから。
なので、最初から手加減したり様子見たりはしないで、全力で御主人様になってみせようと、決意していた。
成瀬英志。
すらりとしているけど身長は百八十センチオーバー。
つまりわたしより、軽く二十センチ以上大きい。
陸上短距離では惜しくも県大会止まりだけど、剣道では個人で全国大会に出ている。その他、絵画コンクール、書道コンクールで優秀な成績を修め……そのへんはどうでもいい。
(背が高くて足が速くて、剣道……が、もし実戦向きだとしたらめちゃくちゃ強いってことだよね。う~ん、反撃されたら絶対負けるな。そこだけ気を付けないと)
何せ、成績ではなんとかほぼ互角でやり合っているとはいえ、わたしは運動神経はわりと壊滅的。
小学校でも中学校でも走ればずっとビリで、球技では真っ先に標的にされ、鈍くささにかけては常に学年トップクラス(※後ろの方の。いわゆるワースト)。
反射神経だけは、多少あるような気はしている。
飛んでくるものなんかは結構な確率で避けられる。
動体視力がいいのかもしれない。
かようにわたしは自分自身の弱点にすら長所を見出すのは得意だし、だからあまり落ち込まないし、実はひとを褒めるのだって得意だ。
つまり。
良いご主人様になれる。
その強い意志によって、わたしは成瀬を服従させることを決意したのだ。
* * *
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