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子どもの頃からの習慣で、ブルースはいまだにラフレシアが苦手であった。
その自分が一番苦手とするラフレシアに、よりにもよって主君のフリッツが恋をするとは。
いまや諸国に武勇を持って知られるブルース伯爵も、これにはなす術を知らないでいる。
そのラフレシアの所へゆくのはあまり気乗りはしないが、場合が場合だけにブルースはエメラルダの後ろに付いて太后宮へと入った。
後宮(サイレン公国では〝内宮〟と言う)へさえ滅多に男は立ち入らないが、それが最奥部の太后宮となると、ほんの限られた人間のみが出入りするだけである。
ましてや軍人となると、例外中の例外と言えた。
エメラルダの先導がなければ、幾ら近衛騎士団の指令と言えども、こうも易々と入って行ける場所ではない。
なにせ、基本的には大公とその一家以外の男の立ち入りが、一切禁止されている場所なのである。
(宦官制度のないサイレン故に、最低限どうしても必要な場合以外に男は内宮には存在しない)
「ここがラフレシアさまのお部屋だ」
そう言ってエメラルダが立ち止まった。
「ここが・・・」
ブルースはエメラルダに聞き返した。
壮大な堂々たる扉を予想していたブルースは、目の前の自分の執務室の扉よりも遥かに小さな扉に、我が目を疑った。
そもそも大后宮自体が、こぢんまりとした小規模な建物だった。
それ程に質素な扉なのである。
しかし地味ながら見るものが見ればそれだとわかる、精巧な彫刻が施されている。
「ああ、ラフレシアさまはなにかにつけて質素を好まれる」
エメラルダはどこかしら、誇らしげに応えた。
「そ、そうか・・・。あの方は昔から飾り立てるのがお嫌いであったな」
〝本人はあれほど美しいと言うのに──〟
納得したように頷き小さく身震いすると、ブルースは扉を一気に押し開けた。
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